ある町に、一人の悪魔崇拝者のイブキという者が住んでおり、或る晩の夢の中で、イブキは悪魔に囁かれます。
おまえはこれまで、俺を悦ばせ、おまえの内なる悪魔を悦ばせる紅い実を、数え切れないほど採って味わってきてくれたことだ。しかし俺もおまえも、まだ味わったことのない最高の果実が在るのだよ。その実は、何にも替えがたい何にも例えようのないほど美味しい実だと言われている。おまえはきっと、その実が、気になって気になって居ても立っても、いられなくなるだろう。何故ならその実は、何よりも甘美で恍惚な香りでおまえを誘い始めるからだ。そう、今夜から、おまえはその香りを嗅ぎ始める。嗅いだ途端、うっとりとして、おまえは欲情し、その果実が食べたくて食べたくて仕方無くなる。おまえを止められるものは在るか?その紅き果実は、おまえの舌を何日も、何ヵ月も、何年も、何十年も、味わわせることのできる実だ。さあ俺を悦ばせ続けるだけでなく、おまえの内なる悪魔を悦ばせ続けるその紅き果実が、おまえに食べられたがって、熟れて今にも枝から墜ちそうだ。今夜、目が覚めたら、早速あの丘へ向かうがよい。場所はおまえがいつも俺を悦ばせ、おまえの内なる悪魔を悦ばせる紅い果実の生る樹の生える丘だ。イブキは目を覚まし、歓喜に叫び声をあげた。おお、我が愛するサタン!!あなたを悦ばせ、また我が内なるサタンも悦ばせる紅きその実を!是非とも味わいたいで御座います!イブキは早速、まだ夜明け前であったが、夢の中で悪魔の告げたいつもの丘に、ただただ、最高の快楽を求めんとして駆け付ける。丘の頂上までやってきて、イブキは真ん中に生えた一番の太くて長い樹を見上げました。やあこれは、なんと立派な樹であろう!さぞかし美味い果実を生らせていそうだ。イブキは涎を垂らして生い茂る葉の奥の、その隠れた艶やかなる紅き実を想像し、目を耀かせて樹を登り始める。しかしどんなに登っても、果実が見当たらない。あまりの疲労に、イブキは腕も足も痺れ、ついに樹を掴む力もなくし、樹から落下します。その瞬間、恐怖のあまりにイブキは気絶し、夢を見ました。夢の中で悪魔は、こう言います。おまえはなんて愚かなのだろう?相手が偽者か本者かもおまえにはわからないのか。先程のおまえの夢の中でおまえが見たのは、俺の偽者だ。よく考えてみるがいい。おまえも知る通り、おまえが食べて味わってきたのは、生きた者の犠牲の果実だ。紅き実は、緑の実より俺とおまえの内なる悪魔が悦ぶからおまえは食べてきたんじゃないか。悪魔はそこに存在しているものが、苦しく、グロテスクで暴力的で残虐な拷問であればあるほど、悦ぶことのできる存在だということを忘れたのか。美味い果実ほど、犠牲も大きいということを俺は最初に、おまえに伝えたはずだ。そしてその犠牲がおまえの内なる悪魔と俺を恍惚にさせるのだと俺はおまえに言った。だが、その犠牲も、おまえに払えないものはおまえも食べることはできない。おまえに払える犠牲だけが、おまえに味わえる果実だと言っただろう。最高に美味い果実を、何故おまえは容易に味わえると思ったのか。最高に美味い果実とは、今までにない犠牲を、おまえが払うということである。おまえは下手すれば、一秒後に、頭打って死ぬかもしれない。おまえが死ねば、俺も死ぬと、言ったはずだ。なんて馬鹿なことをしてくれたんだ。俺がそんな馬鹿なことをおまえに言うはずがないだろう。何故なら、最高の紅き果実とは、おまえ自身の紅き内臓と死肉の身のほか、ないからだよ。おまえの割れた紅き柘榴の実が、鮮明に見えるよ。 はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは…と悪魔は夢の中で笑いながら、つと、笑わなくなった。地に打ち付けられて頭はパックリ割れ、中から紅き実が、零れ落ちましたが、イブキはまだ息がありました。ちょうどそこを通り掛かったふたりのレプテリアンに、生きたまま八つ裂きにされ、生きたまま解体されて地獄の後悔のなか、死んで、逝きました。レプテリアンは、美味しかったね♪と言い合い、無邪気な顔で微笑み合いました。豚カツを食べたあとの、幸せそうな人間の恋人たちのように。レプテリアンは、おうちに帰って、「今度は人間の子供が食べたいね♪」と言い合ってまた微笑み合いました。隣のおうちでは、人間の恋人たちが、「からあげくん美味しかったね。でも今年こそ、子牛のソテーが食べたいね」と切なそうに微笑み合いました。ふたりのレプテリアンは、三年後、隣のおうちの夫婦の間に産まれた赤ん坊が、二歳を過ぎた頃、家に連れ帰って屠ろうとした瞬間、隣の夫婦が土足で上がり込んできて、泣き喚きました。「御願いですから殺さないでください。わたしたち夫婦が、一体あなたたちに何をしたというのですか?わたしたちは愛する我が子をあなたたちに殺されて食べられるために産んだわけではございません。どうか後生ですから、殺さないでください。」レプテリアンは言われている言葉の、あまりの滑稽さに、人間を軽蔑し、そのような都合のよい言い分は聴かずにスルーして夫婦の目の前で子供の首元を縦に肉切り包丁で切り裂き、屠って生きたまま解体し、ソテーにして食べました。解体されてゆくなか、子供は夫婦を睨みながら、「おまえら俺を前に堕ろしたやんけ」とまるでおっさんのような太い声で言いました。隣の夫婦は、最後まで見終わると、互いにそこのキッチンで生きたまま解体し合って自害しました。ふたりのレプテリアンは、夫婦の死肉と内臓を三日かけて食べ尽くしました。一日目の献立は、豚カツ風人カツにして、サラダの代わりに、生の目玉を二つ添えました。二日目の献立は、ビーフカレー風人肉カレーを作りますた。サラダスティックの代わりに、手の指を五本ずつ、生でかじりました。三日目の献立は、朝は人肉散らし寿司、昼は人肉餃子、夜は夫婦の子供の目玉とハラミの部分を挽き肉にしたものを冷凍しておいたので、それと親の死体を合わせて親子丼を作りました。ふたりのレプテリアンたちは、密かに、人類家畜化計画を練っているところです。悪意は、皆無です。人間のしていることと全く代わりありませんから。悪では、ないのです。因果律は、悪の法則ではございません。そう、ふたりのレプテリアンのなかでひそひそと、イブキは今日も囁いています。紅き血の丘の水面に、今日も慈悲成る神の息吹きが、吹き渡っております。
悪夢小説「ふたりの悪魔/悪の息吹」 完
"ふたりの悪魔/悪の息吹"へのコメント 0件
このページのコメントはもう閉じられてしまいました。新たにコメントを書くことはできません。