これといったとりえのない僕が人生をかけて恋をした男は、言ってしまえば人間のクズだったのだろうと思います。
十七歳の、まだ人を疑うことを知らなかった僕は、ある放課後に、人知れず呼び出された体育館で、初恋の男に告白されました。
まさか好きになった人が、同じように僕のことを好きだったなんて。いや、それよりも、僕と「同じ」だったなんて。その気持ちを僕に打ち明けてくれた彼が、僕にはとても崇高な存在に感じられました。
あの瞬間の喜びを、僕は今日までずっと抱えて生きてきました。しかし、この幸せは文字通り、「瞬間」だったのです。
結果から話せば、これは悪質ないたずら、いわゆる「ドッキリ」といわれるものでした。おそらく、普段からいまいちさえない僕でしたから、そんな僕に告白をして、情けない姿をカメラに収めて全校生徒に暴露しようとでも思っていたのでしょう。僕の母校は男子校でした。きっと真に受けて、うろたえながら滑稽に断るだろう……などと踏んでいたのだと思います。
しかし、実際はそうではありませんでした。なんと僕は、その告白を真に受けるばかりか、素直に受け入れたのです。残酷な彼にとって、こんなに面白いことはなかっただろうと思います。困惑なんかより、よっぽど面白い表情が撮れたのですから……。事実、あの秋の体育館、あの悪夢の学園祭での上映会の、あの瞬間の笑顔以上に、魅力的な彼を僕は知りませんから……。
あらゆる意味で、あの体育館は、僕にとったら青春のすべてがつまった場所なのです。
正門に入れば、目の前に大きな桜の木と、それよりほんの少し低い時計台が向かって右側に鎮座し、そこを過ぎれば、私立高校にしては少し小さな体育館が見えてきますよね。小さいのはきっと勉強ばかりで、スポーツにはさほど力を入れていなかったからなのでしょうね。そんな学校だったから、学生の中でとりわけ活発だった君は、僕の目には異質に映って、だからこそ僕は君に心を奪われてしまったのでしょう。
ここまで読めば、「僕」が誰で、「彼」が誰のことを指すのか、いくら鈍感な君でもわかってきたのではありませんか。
いやいや、君のことだから、「ほんの少しからかっただけ」の同級生なんて、もう記憶のかなたかもしれませんね。ですから、一応名乗っておきます。
僕の名前は、星谷昭介です。読み方はわかりますよね。名前はともかく、苗字の方は。君の住所を知っているのは、僕が星谷昭介だからです。
僕が何故、こうして君に手紙をしたためる事になったのか、一度この僕の自分語りに付き合ってはくれませんか。君の事ですから、きっと嫌がるでしょうけれども……。だから、この手紙を読んでくれたら、僕はもう君の罪について、何も言わないことにします。君はこの僕に、スッゴクひどいことをしたけれど、この僕に、今も夢に見るほどのトラウマを植え付けたけれど、ほんのしばらくこの手紙を読んでくれたら、君のすべてを許してあげよう、という気分なのです。出世街道を突っ走る君にとっても、悪い話ではないはずですよ。一枚読むごとに、燃やすなりなんなりしてください。君なりの処理を願います。
それではしばらくの間、僕にお付き合いください。
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