人間というものが、三度食って寝起きするだけでは満足のいかない生き物だということは自明の理であるが、その実に難儀な性格は、文字通り死んでも治らぬらしい。私は一度死んだ身でありながら、読書をし、映画を鑑賞し、そしてしばしば外食に出かけた。一般人の排泄物を肛門から吸収して口から料理を排泄するという特殊な食事法であるため、中華料理屋ではラーメンに在り付くまでに相当の苦労をしたが、外食を重ねるうち、メニューを感覚である程度制御することが出来るようになった。尻を出して便座で待っていると水洗の便器の奥から排泄物が水音を立てて寄って来るが、それらの匂い、肛門の入り口に触れたときの硬さ、さらに成分なども、塩分が多いとか油分が少ないとか、味覚と同程度の曖昧さではあるが感覚できる。例えばイタリア料理店に行ったとする。凝縮した乳製品と黴臭い刺激が混在した感覚は、ブルーチーズだと直ぐに分かる。さらに、粒の残った米が触る感じがあればゴルゴンゾーラのリゾット、イースト菌が発酵したときの独特の甘みがあればピザであろう。米の感じもイースト菌の感じも無く、かつ糖質が多めであればパスタである確立が高い。パスタの種類は特定が難しいが、その店のメニューを頭に入れておいて、トマトの酸味、ひき肉の脂身、魚介の磯臭さから判断する。肉料理は臭いがきつくて硬いのですぐに分かるし、魚料理はたいてい小骨が残っているので当てやすい。ただし、ワインが多く混ざっていると臭いも成分もさっぱり分からなくなる。
T村というのは会社の元同僚である。同僚と言っても年齢は十歳も上だが、ドライブに連れ出してもらったり、よくつるんで遊んでいた。とにかく自動車が好きで、埼玉出身なのだが、愛車に湘南ナンバーを付けたくて、わざわざ茅ヶ崎に移り住んだ。ちなみに愛車のダッジ・ラム・トラックはわざわざカリフォルニアまで買い付けに行ったもので、輸送費だけで五十万円かかったそうである。茅ヶ崎のマンションに住み、休日は湘南ナンバーのダッジ・ラム・トラックにサーフィンボードを載せ、自宅から一キロ半の湘南の海へ行く。これが四十を過ぎたT村の終わらない青春である。愛車は週に海までの道のりを三往復ほど走らせる程度だが、リッターあたり二から三キロメートルしか走らない上に燃料はハイオクなので、それなりにガソリン代はかかるらしい。今は、今の私と同じ会社を辞めて、タクシーの運転手をしている。タクシーの運転手という仕事は、一日に十九時間も働くかわりに休日が多いので、朝からサーフィンをやるにはもってこいの職業なのだそうである。そのT村が突然たずねてきた。突然とは言っても先ず電話をかけて来たのだが、ドアのすぐ外からの携帯電話だったので同じである。
「おまえ晩メシ食った?」
T村は言った。紺色のショートパンツにビーチサンダル、アロハシャツに海亀が泳いでいた。日に焼けていて、赤茶けた髪を歯ブラシのように短く刈り込んでいた。二年近く会わない間に随分たくましい印象になった。最近親しくなった女性と夕食の予定が、早々に帰ると言われてしまい、当てが外れたのだという。女性を自宅まで送り届けた先が、たまたまこの近所だったと言うわけだ。T村とは久々の再会で積もる話もあるが、今の自分にとって食事は鬼門だ。残念だが、食事は済ませたと言って断るしかない。
「…そうか、じゃあまた今度な。」
後頭部を掻きながら寂しげに立ち去ろうとするT村を、思わず引き止めてしまった。
「スパゲティ、食べる?」
「…え、俺の分があるの?」
「ああ、僕はもう、食べちゃったけど、まだ、残っているというか…。」
「お前が作ったの?」
「…そう。」
私の体の中に、挽き肉のソースとパスタが胃のあたりまで上がってきていた。十中八九、ミートソーススパゲティだと確定していたが、ひょっとするとマカロニかもしれない。もしマカロニが出てきたら何とか繕って誤魔化すしかないが、スパゲティがマカロニだろうが、そんなことは瑣末な問題であろう。むしろ、私の生産したスパゲティは、人に食べさせて支障のないものなのか、そちらのほうが問題だ。私にとっての排泄物であるところのスパゲティは、味はひょっとすると、そこそこ評判のイタリア料理店で材料をいただいた物だから、旨いのかもしれない。しかし吐き出すときに味など気にしていない(というか気にならない)し、なにしろ人に食わせたことが無いので、見た目はまともだが味は全く別物であるとか、毒があるとか、有害な菌があったとしてもおかしくない。物質的な問題とは別に、自分の排泄したものを食わせるという行為が背徳的に思えて、留まらせようとする。一方で、こちらも他人の排泄物から栄養を摂取しているのだから、あいこだろうという気持ちと、理屈は抜きにして「自分の出した物は食えるのか」という事への好奇心が後押しする。葛藤はあったにしろ、結果、後者が勝ったのだから、我ながら享楽主義な奴である。
T村を居間で待たせて、とりあえず怪しまれないように、台所に立つ。しかし、そもそも食材も調味料も、自分が必要としないものだから何も無い。(なにしろ水すら飲まないのだ。)とりあえず何か音を出そうと、無闇に包丁でまな板を叩いたり、金属のボウルを菜箸で打ったり、流しの下の収納で古くなっていたサラダ油を、久しく使わない中華鍋にひいて、火にかけ、煙がたちはじめたところで水滴をかけて、油のはねるいかにもそれらしい音を立てたりしているうちに、丁度よくスパゲティが出来上がったようなので、白い陶器のボウルを置いて、盛り付けの見た目を考慮しながらそっと吐き出した。我ながら、見た目は悪くない気がする。程よく茹で上がった麺からは湯気が立ち、幼子の肌のように瑞々しく滑らかな質感である。ミートソースは挽き肉の粒が大きく、トマトの赤が鮮やかだ。イタリア料理店の料理見本の写真にそっくりである。しかし匂いはかいでみたいとは思わない。この感覚は自分の排泄物に置き換えてみれば理解していただけるだろう。ボウルを持って居間まで運んでいくことすら、なるべく顔を遠ざけたくなるような厭な感じである。
「おおっ、すげえ!」
フォークを手に居間で待ち構えていたT村は、テーブルにボウルが置かれるなり、フォークで巻き込んで、なんの躊躇もなく口に入れた。なぜこいつは何の躊躇も無く食うのだ、と思った。表情から読み取る限り、味は悪くないようだ。
「うまいなこれ。缶詰のミートソースとは違うのか?」
口の縁が、早くもミートソースで赤く汚れている。こちらを見られると、彼が自分の排泄物を咀嚼しているのだということを意識してしまい、目を背けたくなる。しかし一方で、目を離せない自分もいる…。つい先ほど排泄したばかりの、湯気の立つスパゲティが、フォークでミートソースと絡められ、彼の口へと運ばれる。野蛮な厚っこい唇が、下品な音を立てて、パスタを啜りこむ。唇からミートソースのしぶきが飛ぶ。口の中で軽く崩され、体液と混ざり合い、そして飲み下すときの、のどの膨らみ。私はその一連の仕草を凝視しながら、じっとりと汗ばんだ。背筋には悪寒が走り、膝が震え、下腹の辺りに熱が集まってくるのを感じた。彼が汗を掻きながら発する、旨い、旨いという言葉が、耳を、触られてもいないのにくすぐるようである。そして彼は最後の一本のスパゲティを指でつまみ、皿に残ったミートソースをフォークの縁で掻き集め、舐めた。
「旨かった…。お前、料理なんか出来るのな。あれ?なんかすごい汗かいてない?」
「あ、暑いよね、部屋。」
とっさに誤魔化して、エアコンの温度を二つ下げた。ピ、ピ、という電子音のあと、吹き出す風の音が増した。
「良かった、旨くて…。」
「本当に旨いよ。これなら店でも出せるって。ときどき晩メシ食いに来ようかな。」
T村は笑って言った。僕もあわせて笑いながら、こんなことが時々あったら、いつか心臓が止まるかもしれない、と思った。
ところが、もうこんなことはするまい、という感想を持ったのは、そのときが最初で最後だったのである。「今夜、一杯どうです」と声をかけてきた会社の後輩を招いたのを皮切りに、事あるごとに人を招いては、「料理」を振舞った。自分の排泄物を人が旨そうに食うという異常な見世物が、病み付きになってしまったのである。誰も知らない、自分だけの見世物だ。どんなに興奮しようと、人からみれば、「旨そうに食うので感激した」、というふうにしか解釈できないのだ。私が食事に招待できるのは一晩に一人だけだったが、それでも評判は人から人へと伝わり、多いときには週に二度、三度と来客を持て成したのである。
人に「料理」を食わせるときの、後ろめたさと息苦しさを伴うあの興奮は何であろうか。こんな話を聞いたことがある。便所に係わる怪談が多くあるのは、人が便所を本能的に怖いと思うからであるが、では何が怖いのかというと、元は自分の肉体の一部だった排泄物が暗闇に消えていく場所だからだ、というのだ。ここで重要なのは、「元は自分の肉体の一部だった排泄物」という部分、すなわち排泄物が自分の分身であるという見方だ。自分の分身が水で洗い流され暗闇に吸い込まれていくことが恐怖であるとしたら、自分の分身が食われるところを目の当たりにする感覚とは、一体何であろうか。その様を見て興奮を覚える自分は、被虐趣味であるのかもしれない。だとすれば、自分にとって汚物であり憚りである「料理」を人に勧めるという行為も加虐ではなく、むしろ被虐であろう。こういった傾向が自分にあることは発見であり、驚きであった。自分の性質は落雷により一度死んだことで逆転したが、では逆転する以前に加虐趣味があったかというと、思い当たる節があるような無いような、もともと被虐の傾向であったような、判然としないところではある。まあ今となっては、そんなことはどうでも良い。今が良ければ良いのである。
友人からただの顔見知りまで、一通りの知人に食事を振舞ってしまうと、私の接待の回数は徐々に減っていった。もちろん、私の料理は誰にも好評だった。特に女性にはベトナム料理の評判が良く、初対面の女性が食事だけして帰ったこともあった。(それはそれで、こちらとしては満足なのだが。)しかし、いくら旨いといっても、物珍しさあってのことだ。よほど近しい人でなければ、二度はやって来ない。評判のベトナム料理も、仕入れ先である二子玉川のレストランへ行けば、同じ物がいつでも食えるのである。私は満たされない思いで週末を過ごすことが多くなった。U女史と再会したのは、その頃のことである。
私とU女史とは、過去に関係を持ったことがある。トリノで冬季オリンピックをやっていた頃には既に過去になっていたから、少なくとも二年以上は前のことである。彼女が寒いと言ったのを覚えているから、冬だったのだろう。忘年会だったかもしれない。とにかく、空気の澄んだ夜だった。私はさほど酔っていなかった。その頃のU女史は変わらず真っ直ぐな黒髪を優雅に揺らし、前髪の無い額を人差し指一本で掻き分け、白目のきれいな瞳でときどき覗き見るように私の表情をうかがい、あとはいつも前を見ていた。もう少し痩せていただろうか。私と彼女にはそれぞれの事情があり、それきりになっていた。
U女史は何度と無く私の部屋へと訪れた。彼女は私の悦びを悟ってわざとそうするのか、汁を飛ばし骨なんかは手づかみで、荒々しく品のない食べ方をした。私は彼女が訪ねてくるのが楽しみで、「料理」の仕込みのために東奔西走した。青山のフレンチ、銀座のカレー、荻窪のラーメン、新宿のロシア料理、横浜のトラットリア、大久保の海鮮チゲ、宇都宮の餃子、房総の伊勢海老、鎌倉の豆かん、浅草の盛り蕎麦、名古屋の土手煮、信州の釜飯、伊豆の金目鯛の煮付け、それに甲府のワイン…。
「あなた、飲まないのね。」
口の縁についた赤いワインを薬指で拭いながら、粘つくような声でU女史は言った。一人でボトル一本を殆ど空けている。雰囲気を出すため部屋の明かりは暗めにしてあるが、それでも彼女が上気しているのがわかる。彼女は私よりいくらか年上だったはずだ。背は低いがグラマラスな体。歳月が、若くはちきれそうな肉体を奪うのと引き換えに彼女に与えたのは、知性と、経験と、男の体に絡みつくような熟れた肉だった。暗く抑えた、月明かりのような照明のいたずらは、豊満な肉体がつくる陰影を秘密めかして、肌は蝋のように滑らかに、いたずらっぽくこちらを見つめる彼女の表情を、幼い少女のように化かして見せた。
「近頃めっきり弱くてね…。」
「そうね。だいぶ酔っているわ。もう目がとろんとしてる。」
ワインはそれこそ唇を濡らす程度しか口に含んでいないが、それ以前に、目の前の一本のボトルは私が吐き出したのだ。つまり私ははじめからワイン一本分は酔っていた。私が彼女の横へ行くと、彼女は「なに?」とだけ言った。長い接吻のあと、彼女はシャワーを浴びると言ったが、私はそれを許さなかった。
布張りのソファの上で、二人は互いに相手の服の隙間から手を差し入れ、手探りで互いの肌を求めた。無言で競い合うように、相手の着ているものを脱がせていった。手首や足首に絡まった最後の布切れを引き剥がすように脱ぎ捨てる。私が先に裸になった。U女史は靴下を脱いで赤いショーツだけの姿になり、まるでプールにでも飛び込むように私の上に覆いかぶさると、露になった胸板に激しく口づけをし、そしてまた息継ぎをするように顔を上げ、鼻にかかった声で私の名を呼んだ。私は彼女を抱き寄せ、首に口付けをし、背中から手を回して太股の間を愛撫した。下着を脱がせようとすると、彼女は途中から自分で脱ぎ、自分から私の性器と結合した。心地良い質量が、私の上で弾んだ。彼女の性器からは体液が溢れていて、臀部の肉が打ち付けられる度、水面を叩くような音がした。
上から激しく腰を落としてくるU女史を下から突き上げながら、私は一瞬、妙な感じを覚えた。思ったより軽い気がしたのだ。彼女は決して太っているほうではないが、食事をする姿を見た印象では、もう少し重量がありそうに思えた。いや気のせいだろう、女性とは、いかにグラマーとは言え、軽いものなのかもしれない、久しく女性を抱いていなかったし、アルコールと性交の快感に酔っていたから感覚が麻痺しているのかもしれないと考えようとした。しかし、彼女の腰を支えている両手の感触も、やけにすっきりし過ぎているような気がする。思ったより肉感が無くて、引き締まった感じさえする。そんなことを考えていると、彼女は私の上に倒れこんで耳元で言った。
「ねえ、変わって。」
体を入れ換えて、今度は私が上になった。上から彼女の裸を見下ろす。
…幼い。胸こそボリュームがあるものの、その下から臀部にかけてなど、贅肉がほとんど見て取れず、まるで筒のような体つきだった。太股も、張りがあると言うより、むしろ筋肉質で、はじけるように引き締まっていた。
「早く、」
上ずった彼女の声にトリガーを引かれたように、私はゆっくりと腰を前後させた。彼女の性器が私をきつく締め上げる。動く度に、粘液の絡まった狭い肉の隙間をこじ開けるような快感で、すぐに絶頂に達しそうになった。私が動きを止めようとしても彼女の腰が捻りこむので、思わず彼女の股間のあたりを手で押さえた。驚いたことに、陰毛が無かった。私はふと我に返り目を見開いた。彼女の体は、明らかに退行の成長をしていた。それも驚くべき速度で。乳房は既にほんの僅かな膨らみでしかなく、胸板にあばら骨が浮いていた。腕は柳の枝のように頼りなく細く、あどけない少女の顔は、不釣合いに長い黒髪をその額に絡ませ、紅潮する様はそれでもなお妖艶であった。
私の興奮は、急速に絶頂へと向かい、止めることはできなかった。それに伴って、彼女の肉体の退行もまた、急速に進行した。目に見えて縮んでいくのだ。絶頂の瞬間、胎児の姿は溶けるように収縮し、どろりと白濁した液体となって、私の性器の先へと吸い込まれ、尿道を逆に上っていった。私は荒げた息を整えることも忘れ、布張りのソファの上をただ呆然と見つめていた。そこにU女史の姿は無く、代わりに小さな痰のような塊が、ぽつりと落ちていた。
U女史の失踪はすぐに明るみになり、当然真っ先に疑われたのはこの私である。捜査員の調査に対して、私はただ事実のみを述べた。「彼女は私と性交した後、消えてしまった」。私の部屋には彼女の脱ぎ捨てた衣類があり、そこから体液が検出された。何度か取り調べも受けたが、結局、私の言葉をその言葉通りに受け取るほか無かったようだ。やがて捜査員も訪れなくなった。事件がその後どのように処理されたのかは、私のあずかり知るところではない。
私は今も、この逆行した体質のまま暮らしている。稀な来客はもちろん「料理」で持て成しているが、女性との関係は、面倒があるといけないので極力避けている。U女史のことは、悲しく無かったといえば嘘になる。彼女が食事する姿を眺めた日々は、もう帰ってこない。しかし寂しくはない。彼女は私の中にいるのだ。
nezu ゲスト | 2008-06-21 00:10
一気に読んでしまいました。面白かった。
終わり方には少し不満もありましたが、惹きこまれて、
噴出しながら、ぞわぞわ感触を味わって読めた。
次も期待します。
佐藤 ゲスト | 2008-06-21 16:18
nezuさんはじめまして。ご感想ありがとうございます!
去年のお盆をすぎた頃に書いたものですが、感想をもらえたのは初めてです。
たいへん励みになります。
ラストのくだりは余計でしたかね…けどおおむね楽しんでいただけたようで良かったです。
変態的な内容なので、書くとき下品にならないように気をつかったつもりなのですが、
nezuさんのような上品なかたに楽しんでいただけたのならきっと大丈夫ですね。
これからも楽しんで読めるようなものを書いていけたらと思います。