色々と、永い夢を見ていた。
夢のなかで俺は、ヴァーチャルリアリティゲームを体験している。
何かの器具を付けて、武器を持ち、向こうのほうにあるあの船まで渡る。
海の中を仲間たちと泳ぐ。濁った曇り空のような海。
俺は鮫を恐れ後ろ向きに泳いだが、鮫よりも、危険なのは、此処では人間だ。
沿岸から片手で持てるショットガンを持った男たちがぶっ放して来る。
ひゅんひゅんひゅんっ。すべて弾は海のなかに消える。
しかしその時、レーダーが作動する。
仲間の一人が撃たれたか。いや、撃たれたのは、あいつを此の世と彼の世で繋ぐ為のHMD、ヘッドマウントディスプレイ。VRヘッドセットの右目部分だ。
そこに敵の銃弾が当たり、あいつは目覚める。
エスカレーターを上っている。すると、上から、子供たちが降りてくる。
邪魔だなあ、なんで右に来んだよ、左行けよ左。
俺は子供が上から降りてくる度に、子供をよけて上らなくてはならない。
だがふと気づく。あれ?なんでこのエスカレーターは昇りのエスカレーターなのに、上から降りて来んだよ。
おかしいだろう。なんで昇ってるのに、あいつら餓鬼どもは平然として下に降りてゆくんだ。
つまりこういうことか。このエスカレーターは、上に昇っているのだけれども、同時に下にも降りてゆくエスカレーターで、上に昇りたい人も利用できて下に降りたい人も利用できる画期的な新開発の同時昇降エスカレーター。
な、あほかいや。そんなものを作るから、上に行きたい人と下に行きたい人でエスカレーターの階段部で人がげしゃげしゃになって迷惑しておるのだ。
迷惑なだけでなく危険極まりない、何故なら右の階段部分で上へ昇っていると上から降りてくる、その人間を避けるために左に移動する、と、左部にも上から人が降りてくる、おいいいいいいっ、で、また右部に避けるとまた、上から人が降りてくる。ええ加減にせえよ、おい、餓鬼、糞ガキどもが、おまえら、ルールを護れ、ルールを、おまえら降りてくる人間は、俺から見て左、おまえらから見て右に降りたら良いんだよ。俺らは右で昇ってくから。
しかしアホな餓鬼にはそれがわからない。頭の中は自分の所持金で、一体なんの玩具と菓子が買えるであろうか。そして釣銭は果たして如何程のものになるであろうか。そんなことで脳内が満員状態で俺の注意を聴き取る空間が残されておらないのでだ。
のでだ、どうする?
ま、とにかく、上へ上がるか。
しかしいつになったら、頂上に着くのだろう?
俺は延々と続いているかに見えるその上を、エスカレーターに乗りながら見上げる。
餓鬼らがライン作業の如くに、上から流れ込んでくる。
つまり在り得なきことが、在り得ている世界。物理的に不可能であることが、普通に可能である世界。
此処は、夢の世界ではないか。
俺はそう言う。
「ってことは、これは、明晰夢?」
もう一人の男が言う。
「そうだ。証拠に、おい。自分の手を見て見ろ。」
もう一人の男が言う。
俺ともう一人の男は自分の手を見る。
俺の手は、右手の小指が足の小指になっている。
もう一人の男の手は、指紋と爪がすべて、ない。
俺はいま、恐怖に打ち震え、見るところ、もう一人の男も青褪めた顔をして唇をわなわなと震わせている。
「おい、鏡を見るなよ。」
男が深刻な表情でそう言う。
「鏡を見たら、ど、どうなるんだよ…」
もう一人の男が言う。
「さあ、どうなるかがわからない。」
「何か恐ろしいことが起きるのか。」
俺は訊ねる。
男は顎をがくと小さく動かすと言う。
「それは、おまえさん次第さ…」
「どういうことだ?」
「忘れたのか。此処は夢だから。願望も恐怖も、瞬間的に実現化、具現化する。」
「そ、そうだったあっ」
俺は腰を抜かし、床に尻餅を着く。
「ひいいいいいいいいっっっっ」
俺は叫ぶ。
あ、足が…足先が…見えない…。
「おい、おまえ今、足先が消えてたらどうしようと恐怖しただろ。」
「そ、そうだったああああああああっっっっ。」
つまり見事、俺の恐怖は瞬間的、実現化、現実化したということだ。
「まあ落ち着け。おまえはちゃんと足があるじゃないか。おい、よく見ろよ。ほら。足が生えてるぜ。」
俺は「え、まじで」と自分の足を見る。
瞬間、「ふううううううううっ」とマイケル・ジャクソンのように叫んで飛び上がった。
俺の足が、ある。あったのである!
そうか、俺はさっき、そうだと良いな。俺の足、生えてると良いな!と強く願ったんだ!
その俺の願望が、瞬間的、叶った。そういうことか。
「違うよ。」
男が俺を鋭く見て言う。
「え?」
「俺が信じたからだ。おまえの足は実は生えている。と。」
「って…てことは…この夢は、もしかしてのまさかの、お、おまえが見ている夢の世界ってことおおおおおおおおおっっっっっ」
「違うよ。」
男は即答する。
「この世界はな。とにかく%、パーセントで何もかも動く世界だ。おまえの”足生えてると良いな”の願望よりはるかに、俺の”おまえの足は生えている”の信仰が、%的に大きかった。強い願いだったということさ。」
「な、なるほど…」
俺はもう一人の忙然と突っ立っている男と顔を見合して変に納得する。
「だからさ。ほんとに気をつけろよ。すべては俺たちの恐怖と願望に懸かっている世界だからな。」
俺は一安心してソファーに座り、煙草を吸う。
「で、この夢はいったいだれが見ている夢なんだ?」
「全員だよ。」
「何故そんなことがわかるんだ。」
「あのな…わかってないな。わかるんじゃないんだよ。願いが叶うんだよ。」
「どういうことだ。」
「だから…俺の願いは、この世界は俺たち全員で見ている夢だっていま俺が強烈に激烈に願ったから、いま、それが叶った状態にあるんだよ。」
「えっ、そういうこともできうるのか…それってつまり…」
「そうだ、俺たちが操れるのはこちらの世界だけじゃない。あちらの世界も同時に操れるんだよ。」
「でもなんでそんなこと知っているんだよ。」
「ハア……」
男は深く溜め息を吐く。
もう一人の男はきょとんとした顔で言う。
「いやだからさ、すべての願いも想像も、ほんとにそのとおりに叶う世界だっつってんじゃんか。」
「本当にすべてのすべてが、俺らの想い通りになるってわけ?」
「そうさ。」
「ほんとかなあ~。」
「おい。」
「なんだよ。」
「おまえ疑うと、俺の願望%から、おまえの疑い%の分が引かれるんだぞ。」
「そしたらどうなるんだ?」
「曖昧の、どっちつかずの、しょうもない世界になるんだよ。」
「それはおまえの恐怖だろ。そのとおりになるじゃねえかよ。ばか。そんなこと想ったら、だめじゃねえかよ。」
「ははは。」
「何笑ってんだ。何が可笑しいんだよ。」
男はぽそりと呟いた。
「女を、抱きてえなあ…」
「うわああああああああああああああああああああああっっっっっっ」
俺ともう一人の男は後ろに引っ繰り返った。
目の前に、突如、女が現れたからである。
女は眉を潜め、この部屋のなかを見渡している。
「あれ、どこだ、此処…」
「やっぱり…」
俺たち四人は、顔を見合す。
「おいいい、おまえが女なんかを願望すっから、ほんとに女現れちゃったじゃん。」
女を願望した男は、女を見つめ、言う。
「ちょっと違うな…」
「贅沢を言うなよ、贅沢を。おまえがしっかりと具体的に想像しなかったからだろ?だからこんな、なんつうか…曖昧な女が…」
女は深く溜め息を吐く。
「ふう。おまえらさ、皆殺しにされたいか。」
その瞬間。女の右手に、散弾銃。
「申し訳、ございませんでした。」
俺たち三人は、女の前で土下座し、平謝りする。
「ところでさ、オレは誰なんだよ。」
女は言う。
俺たち三人は顔を見合わせ、無言で女を見る。
「俺たちはさ、誰なんだろう。」
沈黙の時間が過ぎたかのように想える。
その時、俺は時間が経っているのか。ふと気になり、時計を見る。
秒針は進んでいる。
なんだ、時間は過ぎてるじゃねえか。午後の一時二十分。
秒針が、5週回る。
時間は、午後、一時二十分。
ってことは…ただ秒針が進んでるだけで、時を刻んでない…時間は流れてない…?
いや、この時計、壊れてんじゃねえのお?
「壊れてるよ。」
男が言う。
「壊れてるんじゃないか?っておまえいま心配しただろ。だからいま、この時計はおまえの心配どおりに壊れ、そしておまえの心配どおりに、この世界は、時間は過ぎていない。あほか。」
「あっ」
俺は笑おうかと想うが、笑えねえと想う。
全然笑えねえ。
笑えねえと想うから、マジ、笑えねえ。
もう一人の男はぽそりと呟く。
「腹、減ったなあ…」
瞬時、男は振り返り、ダイニングテーブルの上にある皿のうえに載っかったものを見て興奮する。
「うおおおおおおおおっっっ。」
俺たちはそこへ近づく。
その、皿のうえのモノを、見下ろす。
「えっ…んだよ、これ…」
「き、きめえっ…」
「動いてるぜ、こいつ…」
「かわいい~。」
皿のうえには、まっしろな得体の知れない平たく丸い見たこともない質感の気持ちの悪い物体がよく見ると微かに不規則に呼吸するように蠢いている。
「これ、食べ物じゃねえだろ、どう見ても。」
「おい、なんでもっと、具体的に喰いたいもんを想像しなかったんだよ…」
「す、すまねえ…なんかあんまり腹減ったんで、今すぐ喰えるなんか美味い奴って感じで想像しちまって…」
「これの、どこが、今すぐ喰える美味そうな奴なんだよ…」
「殺さねえと喰えねえだろ、しかも皮が硬そうだし…」
「あっ。団子!」
「え?」
「俺そういや真白な団子を喰いてえって…」
その瞬間、さっきまで蠢いていた白い奴は、三本の、三つの団子が串に刺さった串団子へと変化する。
「おいいいいいいいいいっっっっ。こいつ…さっきまで生きてた奴じゃねえのかよお…生きてたやつが団子に早替わりしたからって、喰う気しねえだろ、こんなもん…」
「そうだよな。見た目はただの何の変哲もない串団子だが、中身は、さっきの生きてた白い塊かもしれねえな。」
「どうすんだよ、こいつ。おまえ責任とって、面倒見ろよ。」
「あっ。」
俺たちの目の前で、その白い串団子はすっかりと消え失せる。
あるのは白い皿だけ。
「なんだよ。誰が願ったんだよ。おい、あいつが消えることを。」
「俺じゃないぞ」
「オレでもねえよ。」
「おまえかっ。」
しょんぼりとして、男は言う。
「俺だよ…俺はおまえを喰えねえから、来たところへ帰れ。って心の中で叫んだんだ。」
「来たところって、どこだよ。」
「海の中だよ。」
「どこの海だよ。」
「あそこだよ。」
「あそこってどこだよ。」
男は走って、窓に掛かっている白いカーテンを想いきり開ける。
「あそこの海だよ!」
窓の向こうには、真っ青な、海が広がっている。
俺は感動して、笑いが込み上げる。
「は、はは、はははは、そうだ、この世界は、無限なんだ!」
俺はそう叫ぶ。
「でも俺たちずっと此処で生きていくのか?」
「生きて行きたい奴は、生きて行ける世界なんだよ。」
「此処でずっと生きていきたくない奴は、帰れるのか。元の世界へ。」
「帰れるさ。」
女が言う。
「だってオレ…想いだしたんだよ。」
「何を?何を想いだしたんだ?!」
俺は女の肩を揺さぶって問う。
「オレさ、パソコンで文字を打ってた。でさ、気づいたら、此処にいた。」
「なんて打ってたんだよ。」
「遺書だよ。」
「いしょおおおおおおおおっっっっ?!」
「オレは遺書を書いてた。で、最後の文字を、その一文字を、キーボードで打ち終わる、打ち終わった、瞬間、此処にいたんだ。」
「って…おまえほんとに死ぬつもりだったのかよ…。」
「そうさ。もう終わり。終わりだった。本当の。」
「じゃ、じゃあさ、良かったじゃん?この世界に飛んで来られてさ。」
「なんで。」
「だって、此処なら、なんだって叶うんだぜ?最高じゃねえか、死にたいなんてさ、想う暇もねえよ。なんだって美味いもん喰えるし、おまえの好きそうなエドワード・スノーデン似の白人男とも結婚できちゃうし、可愛い色白のハーフの赤ん坊だってできるし、おまえの好きそうな童話に出てきそうな森林のなかに建つ家にも住めるし、鶏も飼えるし猫も飼えるし恐竜だって飼える、すべてが叶うんだから、おまえの想い通りの世界になる。なんで死ぬ必要があんだよ。そうだろ?」
「つまらねえ暮らしだな。」
「だったら、どうしたらおまえは幸せになるんだよ?」
「オレは倖せになんかなりたくない。」
「幸せじゃなかったから死にたかったんじゃないのか?」
「違う。オレは倖せ過ぎてもう何もかも、厭になったんだ。」
「そ、それじゃあ…この世界では、不幸になりゃいいじゃん。不幸なら生きてけんだろ?」
女は黙っている。
俺は女を自分の願いによって召喚した男に言う。
「おまえさ、ほんとどうすんだよ。この女。おまえが此処に来さしたんだ。どうにかおまえがしないと。」
男は言う。
「おい、女。つべこべ言ってねえで、裸になれや。」
「おまっ、おま、何言ってんだよっ、おまえ自分のことしか考えてねえのか。」
「違うだろ、俺は肉体のことを言ってるんじゃねえ。おまえの魂のことを言ってる。おまえの魂を、裸にしろやっつってるんだよ。」
女は真っ直ぐに、男の目を見る。
「オレはさ、オレは面白くなかったんだ。すべて、すべてこの世界では叶っちゃってるって想えて、オレの願いがすべて、叶ってしまってるって想えてならなくて、逃げ出したかったんだよ。すべて、オレのすべてが不可能な世界へ。」
「つまり何一つ、叶わない世界。ということか。」
女は黙っている。
「じゃあ…駄目だったな。おまえは、生きている。」
「そうだよ。ほんとに死にたいって想ったら、その願いは叶わなくて生きてるし、ほんとに生きたいって想ったら、その願いは叶わなくて死ぬし…すべてが不可能な世界ってことは、ほんとに生きたいって願うことも、ほんとに死にたいって願うこともできない世界。願うこともできない。怖れることもできない。何一つ、叶わない。何一つ叶わないということも叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。何一つ叶わないということも叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わないということも、叶わない世界。」
「おい、いい加減にしろ。」
「おまえは、駄目だったんだ。だからおまえは生きてるんだよ。いま。」
「この世界は、ミラーボックスなんだ。」
「その中にあるのは、自分の感覚。」
「どこまでもどこまでもどこまでも、自分の感覚だけが続いてゆく。」
「後ろを振り返っても、前を見ても、上を見上げても、下を見下ろしても、右を見ても、左を見ても、自分自身の、感じて、覚えたものが、延々と続いている。」
「俺たちは、何を感じるのか。何を覚えるのか。それがすべてで。それがおまえだろう。」
「俺はおまえに会いたかったよ。」
「それが俺だ。」
"Mirror box〈ミラーボックス〉Mirror box"へのコメント 0件
このページのコメントはもう閉じられてしまいました。新たにコメントを書くことはできません。