「はて、こんな形をしておったか……」
エメーリャエンコ・モロゾフは風呂場で自身の萎びた陰茎を握りしめ呟いた。最後に亀頭の先を見たのはいつだったか。息子(卑属的意味合いの)の嫁に欲情していたのは覚えている。息子が嫁と孫を連れて帰って来るたびに勃起していたのは覚えているが、息子の嫁が寄り付かなくなった後、はたして息子(生殖器的意味合いの)は勃起しただろうか。最後の勃起は思いだせないが、反り上がる事のなくなった陰茎は、老廃物を放出するだけの器官に成り下がっているのは確かだ。
「靖子、靖子や」
モロゾフは風呂場の扉から顔を出して妻の名前を呼んだ。暫くすると靖子がエプロンで手をぬぐいながら近づいてきた。夕飯の支度をしていたのだろう。
「なんですか、大きな声を出して」
モロゾフが風呂場の扉を開けたことにより曇った洗面台の鏡の前で、苛立たし気な表情を浮かべている靖子に言った。
「尿道が、尿道がプラスなんじゃよ」
「え?」
「だから、尿道の形がな、尿道の出口がマイナスじゃなくてプラスなんじゃよ」
そう言ってモロゾフは握った陰茎を靖子に突き出す。靖子はモロゾフの亀頭の先をじっと見つめた後、ぼそりと言った。
「まあ、綺麗なプラス……」
「そうじゃろ? 尿道がプラスじゃろ? わしの尿道は昔からプラスだっただろうか? 暫く自分の尿道をみとらんから、忘れてしまったわ」
靖子は首を傾げながらモロゾフに言う。
「どうだったかしら? あなたのおちんちんをこんなに繁々と見ることはなかったから……」
数十年前の情事を思い出している靖子に向かって、モロゾフが思いだしたかのように言った。
「そうだ、靖子。工具入れからプラスドライバーを持ってきてくれんかの」
「プラスドライバーなんて何に使うの?」
「いいから持ってきてくれ」
靖子は不思議そうな目でモロゾフを見た後、洗面所から出ていった。モロゾフは靖子の後姿を見ながら考える。プラス型にはプラスドライバーだ。マイナスドライバーではプラス型のねじ山に均等に力を加えることが出来ない。均等に力を加えなければ最悪ねじ山がなめてしまう。見習い大工だったころ、棟梁からそう教えられた。厳しい棟梁だったが、大工仕事だけでなく人生を生き抜くすべを色々と教えてもらった。今棟梁は何をしているだろうか? モロゾフが棟梁に思いを馳せていると、靖子がプラスドライバーを持って戻ってきた。
「これでいいかしら」
モロゾフは靖子に渡されたプラスドライバーの先を見つめながら言う。
「ありがとう。ちょうどよさそうだ」
「それで何に使うの?」
「靖子は夕飯の支度途中だったじゃろ」
そう言うとモロゾフは風呂場の扉を閉めた。「なんなのよ」と言う靖子の声が遠ざかるのを確認してから、モロゾフはプラスドライバーを亀頭の先に当てがった。刺すような痛みに耐えながら左方向へ回すが、尿道はピクリとも動かない。そこでモロゾフは大工の棟梁に教わった人生句を思い出した。
――押してダメなら引いてみろ。
モロゾフは左に回すのをやめ、ドライバーを左手に持ち替え右方向に回す。すると、亀頭がゆっくりと回りだした。わずかな抵抗を感じながらクイクイとドライバーを回し続けていると、痛みは次第に消えていき、だんだんと陰茎が反り上がってきた。長いこと忘れていた感覚に気分が高揚し、どんどんと回す速度が速くなっていく。すると、ドライバーを回す左手に抵抗がなくなった。
「こりゃいかん」
モロゾフの陰茎から亀頭がポロリと零れ落ちた。
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