ギターケースが開いている。
ベッドの端に座って、わたしはそれを見ている。中のギターには触れていない。触れる理由がない。触れない理由もない。ただ、開いたままになっている。
窓の外にベルリンの夜がある。街灯と、遠いビルの明かりと、動いている車のヘッドライト。音は届かない。ガラスが厚いか、あるいはわたしが聞いていないか。どちらかだ。
カーテンを閉める。
あの夜、演奏が終わってから、わたしは機材を片付けながら七人の客が帰るのを見ていた。
三人は対バンのメンバーで、終わるとすぐに出ていった。次の二人は連れだって、コートを着ながら笑っていた。何かを話していたが、聞こえなかった。もう一人は若い女で、出口のところで振り返って、ステージを一度見てから出ていった。
最後に老人が残っていた。
対バンの関係者でも、知り合いでもないようだった。本当の客だった。本当の客、という言い方が正確かどうかはわからないが、他に言い方がなかった。老人はコートを着るのに少し時間がかかった。ボタンが多いコートだった。ボタンをすべて留めて、老人はわたしを見た。
何も言わなかった。
出口に向かった。扉が開いて、閉まった。
名前も知らない。何を思っていたかも知らない。あの夜の演奏が良かったのか悪かったのか、わからない。良くも悪くもなかったのかもしれない。
しかしあの視線だけが、何も要求していなかった。意味を問うていなかった。理解しようとしていなかった。ただ、見ていた。
今でも時々思い出す。思い出すたびに、同じところへ戻ってくる。扉が閉まった、という事実。その後に何もない。
大きなライブの後、楽屋に人が来た。
レーベルの担当者、雑誌の編集者、どこかのバンドのメンバー、招待客。知っている人間もいれば、知らない人間もいた。全員がわたしに何かを言った。よかった、すごかった、感動した、あの曲が特に、最後の、あそこの、声が。
わたしは返した。ありがとう、うれしい、そうですか、またぜひ。会話が成立した。相手が頷いた。
しかしある時点から、わたしは自分の返答を聞いていなかった。
口が動いている。音が出ている。相手の表情が変わる。頷く。笑う。また何かを言う。それだけが観察できた。観察しながら、わたしはどこか別のところにいた。どこかはわからない。ただ、楽屋にはいなかった。
フィンがわたしの肩を叩いた。
「よかったぞ」
わたしは笑った。
これは本物の笑いだ、とわたしは思った。根拠はなかった。しかしそう思った。フィンの手が肩にある間だけ、わたしは楽屋にいた。手が離れると、またどこかへ行った。
人が減っていった。最後の一人が出ていった。扉が閉まった。フィンがビールを開けた。わたしは椅子に座った。 座ったまま、しばらく何もしなかった。何もしないことが、そのとき一番自然だった。
あの頃は、言葉が後から来た。
音のかたまりを作る。意味のない音の連続。それを口の中で転がす。転がしているうちに、どこかから言葉が滲み出てくる。滲み出てきた言葉を拾う。拾って、並べる。並べ方が気に入らなければ、また転がす。
今は言葉が先に来る。
伝えたいことがある。その輪郭がある。輪郭を言葉にする。言葉をメロディに乗せる。乗せようとする。乗らない。言葉が重すぎる。あるいは軽すぎる。意味が先にあると、音がそれを運ぼうとする。運べない。意味は音より重い。
順序が逆になった日がいつかは、わからない。
気づいたのはずっと後だった。スタジオで新しい曲を録ろうとして、歌詞を書こうとして、書けなくて、なぜ書けないのかを考えて、そのときに気づいた。順序が変わっていた。変わったのがいつかを探したが、見つからなかった。
あの頃、キッチンの蛍光灯の下で音のかたまりを転がしていたとき、言葉は後ろにいた。待っていた。待たせておけた。
今は言葉が前にいる。道を塞いでいる。どいてくれない。
ケースからギターを出す。
ベッドの端に座って、膝の上に置く。チューニングはしない。する必要がない。誰も聴いていない。録音もしない。
弾く。
コードではなく、音のかたまり。昔そうしていたように。左手が弦を押さえる。右手が弦を弾く。音が出る。次の音が出る。つながっているのかつながっていないのか、わからない。つながっていなくていい。意味が出てこない。
出てこなくていい、と思う。
思えたかどうか、確信はない。思えた、という感触があった。しかしその感触が本物かどうか、判断する基準をわたしは持っていない。プロデューサーがここにいれば、判断してくれるかもしれない。プロデューサーはいない。
音は壁に当たって消える。
部屋の広さだけが返ってくる。四角い天井、白い壁。音はそこに染みこんで、消える。残らない。記録されない。それでいい、という言葉が出てくる前に、次の音を出す。
しばらく続ける。
いつ止めたか、書かない。
朝になっている。
眠った記憶がない。眠ったのかもしれない。ベッドに横になった記憶もない。しかし体は横になっていた。ギターはケースに戻っていた。いつ戻したのか、わからない。
シャワーを浴びる。服を着る。ギターケースを閉める。
ツアーの最終日が始まる。そのことを、わたしは一度だけ考える。最終日だ。考えて、また同じところへ戻ってくる。最終日だ、という事実。その周囲に何もない。昨夜と同じだ。
廊下に出る。フィンがいる。壁にもたれて、スマートフォンを見ている。わたしの足音を聞いて顔を上げる。
「飯食ったか」
「まだ」
「行こう」
わたしはついていく。
廊下を歩く。エレベーターを待つ。扉が開く。フィンが先に入る。わたしが入る。扉が閉まる。階数のボタンを押す。降りていく。
それだけだ。それ以上のことは、今日は起きない。
声帯は今日も振動した。空気が動いた。それは記録されていない。
部屋が、部屋になる。四角い天井、白い壁、据え付けのデスク。ベッドは広すぎる。ツアーに出るたびそう思う。一人で寝るには広すぎる。しかし狭いベッドのホテルには泊まったことがない。そういうものなのかもしれない。
明日がツアーの最終日だ。
そのことを、わたしは何度か考えた。考えるたびに同じところへ戻ってくる。明日が最終日だ、という事実。その事実の周囲に何もない。安堵もなく、名残惜しさもなく、恐怖もない。ただ、明日が最終日だ。
ギターケースは開いたままだ。
四年前、客が七人しかいない夜があった。
会場は地下にあった。天井が低く、壁にパイプが走っていて、排気の匂いがした。キャパシティは五十人と書いてあったが、五十人が入ったことがあるのかどうか、わたしには想像できなかった。七人のうち三人は対バンのメンバーで、残りの四人が何者なのかはわからなかった。迷い込んだのかもしれない。雨宿りかもしれない。
演奏しながら、わたしは壁のシミを数えていた。
音楽に集中していなかったわけではない。指は動いていたし、声も出ていた。ただ、壁のシミとギターのコードが、同じ次元にあった。どちらかに意識を向けると、もう一方が薄くなる、ということがなかった。シミは十一個あった。あるいは十三個だったかもしれない。数えなおす前に曲が終わった。
終演後、誰も声をかけてこなかった。
それが普通だった。機材を片付けて、ケースを担いで、非常口から外へ出る。雨はやんでいた。フィンが煙草に火をつけながら何か言った。わたしは頷いた。内容は聞いていなかったが、頷いて問題ない種類の言葉だとわかった。フィンの言葉はたいていそういう種類だった。
普通であることが、呼吸だった。
誰も来ない。誰も何も言わない。演奏して、片付けて、外へ出る。それが繰り返された。 繰り返しに名前はなかった。名前をつける必要がなかった。
一年前、音楽誌のインタビューがあった。
場所は編集部の一室で、窓の外に工事現場が見えた。クレーンが動いていた。ゆっくりと、決まった角度だけ回転して、止まった。また動いた。
インタビュアーは若い女性で、膝の上にノートを置いていた。ペン先が細かった。万年筆だったかもしれない。
彼女が質問をした。「この曲を書いたとき、何を考えていましたか」
わたしは答えた。答えながら、クレーンを見ていた。答えながら、自分の左手の甲を見た。血管が三本、皮膚の下を走っていた。答えは続いた。どのくらい続いたのか、わからない。クレーンが二回転した。
インタビュアーがペンを止めて言った。
「すごくよくわかります」
わたしはその言葉を聞いた。聞いて、何かがずれた。ずれた、という感覚だけがあって、何がどこへずれたのかはわからなかった。わかります、と彼女は言った。わかった、ということが、どういうことなのかを、わたしはそのとき初めて考えた。考えて、答えが出る前に次の質問が来た。
グラスの水を飲んだ。喉が渇いていたわけではなかった。
昨日のサウンドチェックのことを、ホテルの部屋で思い出す。
マイクの前に立つ。声を出す。モニターから自分の声が返ってくる。音響のスタッフが卓の向こうにいて、何かを操作している。
「もう少し大きく」
大きくする。
「もう少し大きく」
大きくする。
「ちょうどいい」
ちょうどいい、という言葉が、今も部屋の中に残っている。壁に染みついているわけではない。ただ、消えていない。
ちょうどいい声、というものがある。それはわたしの声ではなく、会場とPAと客席の距離が要求する声だ。わたしはその要求に応えた。応えられた。声はちょうどよくなった。
ちょうどいい、と言ったのはスタッフだ。わたしではない。
そのことを、どう受け取ればいいのか、まだわからない。受け取り方を考えているうちに、カーテンの隙間から光が入っていることに気づく。街灯か、あるいは別の何かか。
わたしはカーテンをもう少し引く。光が消える。
三年前、アパートのキッチンで歌詞を書いていた。
書き方がある。言葉から始めない。まず音のかたまりを作る。意味を持たない音の連続。母音と子音の並びだけがあって、そこに意味はない。それを口の中で転がす。転がしながら、何かが滲み出てくるのを待つ。滲み出てくれば、それを言葉に近づけていく。滲み出てこなければ、そのまま使う。意味のない音のまま、歌詞になる。
その頃の歌詞はほぼ意味をなさなかった。
聴きに来る人間もほぼいなかった。七人の夜が何度もあった。十二人の夜もあった。二十人を超えると、多いと感じた。多い、という感覚が、その頃の基準だった。
誰も意味を聞きに来ていなかった。意味のない音を、意味を求めない耳が聞いていた。それが一致していた。一致していることを、当時のわたしは言語化しなかった。言語化する必要がなかったから。あるいは、言語化した瞬間に何かが終わる気がしたから。どちらかは、もうわからない。
キッチンの蛍光灯が、深夜になると少し明るさを増す気がした。気のせいかもしれない。確かめなかった。 確かめないまま、それはわたしの中で事実になっている。
レーベルから見本盤が届いた日のことを覚えている。
封筒を開けると、薄い円盤が出てきた。ジャケットにはわたしたちの名前が印刷されていた。フィンがそれを手に取って、光に透かして、何か言った。わたしはその円盤をプレーヤーに載せた。
一度だけ、通して聴いた。
聴きながら考えた。これはわたしが作ったものか。答えはそうだ、だった。スタジオで録った。マイクの前に立って、声を出した。その声がここに入っている。
次の問いが来た。では、これはわたしか。
答えが出なかった。出ないまま、一曲目が終わって、二曲目が始まった。二曲目の途中で、わたしはプレーヤーから離れた。離れたが、止めなかった。部屋の端で、音が続くのを聞いていた。
声帯が振動して、空気が動いて、それが記録されている。解剖学的には正しい。
最後の曲が終わった。針が内周を回り続ける音がした。フィンがプレーヤーのアームを上げた。
「どうだ」とフィンが言った。
わたしは少し考えてから、「いいと思う」と言った。
嘘ではなかった。しかし本当でもなかった。 いいと思う、という言葉が、何を指しているのかわからなかった。
フィンは言葉が多い。
ツアーバスの中でも、楽屋でも、終演後の安い店でも、フィンは喋っている。何について喋っているかは、そのときによって違う。昨日見た映画について、ドラムのチューニングについて、子供の頃飼っていた犬について、来月の天気について。脈絡はない。脈絡がないことを、フィンは気にしない。
わたしはほぼ何も言わない。
それでフィンは満足している。相槌を打つこともある。打たないこともある。どちらでも、フィンの言葉は続く。続いて、やがて止まる。止まったとき、沈黙は重くない。フィンが次の話題を探しているだけだ。
あるとき、ビールを飲みながらフィンが言った。
「お前の曲、ほんとうに好きだよ。でも何が言いたいのか、わからない」
「それでいい」とわたしは言った。
フィンが笑った。わたしも笑った。
それでいい、と言ったとき、わたしは本当にそう思っていた。わからない、ということが、唯一正しい受け取り方だと思っていた。意味を問わない耳に届く音を、わたしは作りたかった。作りたかった、という言葉が正確かどうかはわからないが、少なくとも、そういう音しか作れなかった。それで十分だった。
フィンはわたしに意味を要求しない。要求しないことを、意識してやっているわけではないと思う。ただ、フィンにとって音楽は意味を運ぶものではないのかもしれない。そういう人間が、わたしの隣でドラムを叩いている。
そのことを、わたしはずっと当然だと思っていた。
三日前、ツアーマネージャーから封筒の束を受け取った。
ファンレターだと言った。ツアー中に届いたものをまとめておいた、と言った。わたしは受け取って、バッグに入れた。読まなかった。読む気にならなかったわけではない。ただ、タイミングがなかった。タイミングを作らなかった、とも言える。
ホテルに持ってきてしまった。
ベッドの上に束を置く。輪ゴムで留められている。厚さは四センチほどある。四センチの手紙。四センチの言葉。
一通だけ、開ける。
便箋が二枚入っていた。丁寧な字で、びっしりと書いてあった。わたしは最初の数行だけ読んで、それから一文だけを拾った。
「あなたの音楽が私を救いました」
その文を三回読んだ。
救われた人間がいる。それは良いことだ。良いことだ、と思えている。思えていること自体は確かだ。しかしその「思えている」が、どこにあるのかわからない。胸の中にあるはずだが、触れられない。触れようとすると、少しずれたところにある。
封筒を閉じる。
残りは開けない。開けない理由を、言葉にしない。言葉にすれば、その理由は嘘になる。どんな言葉を使っても、本当の理由とは少しずれる。だから言葉にしない。 封筒の束に輪ゴムをかけ直して、バッグの中に戻す。
半年前のライブで、二曲目の途中から自分の歌詞が聞こえなくなった。
会場は千人規模だった。モニターから自分の声が返ってくる。PAが音を会場に広げる。客席から声援が上がる。照明が白く、熱かった。そこまでは、いつもと同じだった。
二曲目の、サビに入るところだった。
PAから出ている音は聞こえていた。音量も、ピッチも、問題なかった。しかしその音が、自分の喉から来たものだという感覚が、どこかで切れた。切れた、という感触があったわけではない。気づいたときには、すでに切れていた。口が動いている。音が出ている。しかしそれはもう、わたしの音ではなかった。
演奏は止まらなかった。体が続けた。
指はコードを押さえ、口は歌詞を発音し、足は拍子を刻んだ。体はすべてを知っていた。体に訊けば、次に何をすべきかわかった。わたしはただ、体の後ろにいた。
曲が終わった。歓声が上がった。
マイクに向かって言った。
「ありがとう」
言えた。声は出た。客席に届いた。それは観察できた。
言えたことが、少し怖かった。言えた、ということは、言うべき言葉を体が知っている、ということだ。体が知っているなら、わたしがそこにいなくても、言えた。言えてしまう。
三曲目が始まった。わたしは歌った。
二年前、アパートで一日中しゃべらなかった日がある。
意図したわけではない。朝起きて、コーヒーを淹れて、窓の外を見た。曇っていた。しゃべる相手がいなかった。電話もしなかった。する必要がなかった。そのまま夕方になり、夜になった。
夜になって、試しに声を出してみた。
出た。変わっていなかった。一日しゃべらなくても、声は同じところにあった。当然かもしれない。しかしそのとき、当然だと思えたことが、今は少し遠い。
変わっていないことが、その頃は当然だった。
声はいつもそこにあった。使っても使わなくても、翌朝には戻っている。喉が痛いときでも、風邪を引いたときでも、少し形を変えて、そこにあった。わたしのものだった、という言い方が、その頃はまだできた。
一日黙っていた夜、声を出しながら、わたしは何も思わなかった。出た、と確認しただけだ。確認して、また黙った。それだけの夜だった。
それだけの夜が、今は少し羨ましい。羨ましい、という言葉が正確かどうかはわからない。ただ、あの夜のことを思い出すとき、何かが緩む感じがある。 何が緩むのかは、わからない。
レコーディングの三日目、プロデューサーが言った。
「もっと感情を出して」
わたしはヘッドフォンをつけ直して、もう一度マイクの前に立った。感情を出す、ということを考えた。考えながら、何が感情なのかを探した。胸の中を探した。何かがあった。あった、と思った。それをそのまま声に乗せた。
ブースの外で、プロデューサーが頷いた。ガラス越しに見えた。OKサインを出した。
「よかった。それだ」とインカムから声が来た。
わたしはヘッドフォンを外した。
何を出したのか、わからなかった。何かを出したことは確かだった。しかしそれが感情かどうか、わたしには判断する基準がなかった。感情とはこういうものだ、という基準を、どこかで手放したのかもしれない。あるいは最初から持っていなかったのかもしれない。
プロデューサーが判断した。プロデューサーの判断は正しいのかもしれない。
それが問題だった。正しいのかもしれない、という可能性を、否定できなかった。あの瞬間に出したものが感情だと、他の誰かが決めた。決められたことを、わたしは訂正できなかった。訂正する根拠がなかった。
OKテイクはアルバムに入った。今も円盤の中にある。
カーテンを開ける。
ベルリンの夜がある。さっきと同じ夜だ。街灯の位置も、遠いビルの明かりも、変わっていない。当然だ。そんなに時間は経っていない。
何も考えない時間が、少しある。
考えるための言語が、一時的にない。頭の中に言葉がない。映像もない。音もない。ただ、窓の外の光がある。それだけがある。
これが一番楽だ、と気づく。
気づいた瞬間に言語が戻ってくる。これが一番楽だ、という文章が頭の中にあって、その文章がまた次の言葉を呼ぶ。楽とは何か。何から楽なのか。楽である状態はいつまで続くのか。言葉が言葉を呼んで、窓の外の光はもう見えていない。
カーテンを閉める。
(了)
"声帯"へのコメント 0件