丘を駆け上がると暗がりの中にボンヤリとねじ曲がった柘榴の木が見え、その傍に人影もありました。遠目からでも父だと私は確信して呼んだんです。しかし、父は振り返りもせず、ただ柘榴の傍らで揺れているだけでした。 息を切らしながら「さっきの地震で家が、母チャンたちが」と父の服を掴んだのですが、同時におかしなことに気が付いたのです。宙に浮いているかのように、いや、実際に宙に浮いていて私が体を揺する度にゆらゆらするだけで何も答えなかった。
父は柘榴の木に吊られていたのです。下がった左手に触れると固く、温もりもありませんでした。父が今目の前で見せているこの姿を、私は奇妙なほど冷静に観察しそして受け入れていました。
背後から人々の叫び声が聞こえゆっくり振り返ると、私の知っている街はあちこちで炎を上げ闇の中で輝いていたんです。それはきらきらと煌きながらほんのりと私たちを照らしたのです。
もう一度父の顔を見ました。炎に照らされた父の顔は焼ける街を見下ろすようにしていて、悲しむどころか安堵した表情を浮かべていたのです。私は父の足元に腰を下ろすと、焼けていく街をしばらく一緒に眺めていました。私は何も考えていなかったのです。何も、考えられなかった、と言うべきでしょうか。この日はとても寒かったはずなのですが、震えさえも起きなかったのだけはよく覚えています。
あの寒い夜をどうやって過ごしたのか記憶が曖昧なのですが。幸いなことに私の家は火の手が回っておらず全壊はしたものの焼けることなく蔵と共に残っていたので、近所の大人たちと共に瓦礫に埋もれた母と女中サンを助け出すことができ、父もそのあと柘榴の木から降ろされ、弟妹と共にまとめて灰として私たちのもとへ戻ってきました。
沢山の軍人サンたちが助けにやってきて建設されたバラックに住みな、私と母と女中サンは壊れた家と蔵の片づけをしながら日々を過ごしていました。雪も雨も降り、配給も滞っていて生きた心地はしなかったし母は毎晩灰を抱きながら泣いていたけれども、子供心というものは何とも逞しいものでバラックでの生活はなんだか秘密基地と言いますか、キャムプのようで楽しんでいた覚えがあります。あっ、もちろん大変でしたけどね……。
片づけを兼ねて目先の生活費を得るために蔵にあったものを売りに出していたのですが、この時漸くあのブリキ缶をよ私は手にすることが出来たのです。手にした瞬間、父の「オイ」という声が幻聴で聞こえるぐらい怯えたのですが、念願のブリキ缶の中身を見ることが出来るととても昂揚しました。
貴方、中にはなにが入っていたと思います?これがね……ただの紙切れ一枚だったんですよ。定規で引いたような等幅で神経質なのがよく伝わる文字で書かれていました。
村岡正一 佐久間勝蔵 永井清太郎 中原武吉 石田源之助
皆ヨク戦ヒ抜キ ソシテ耐ヘ忍ビタリ
然レド吾ガ未熟故ニ 斯カル悲劇ヲ招キシコト 哀惜ノ念ニ堪ヘヌ
今ナホ瞼ニ残ル 柘榴ノ實ノ如ク裂ケシ 君等ノ面影ヲ
赦セトハ言ハヌ 願ハクハ唯安ラカニ眠リ給ヘ
吾モ直ニ其方ヘ向フダラウ マタ明日ノ夢ヲ語リ合ハウ
藤野成規
ってね。拍子抜けしたでしょう……ああ、いえいえ、そんなお気遣いなく。私も貴方と同じ顔をしましたからね。だって、あんなに大事にしていたブリキ缶から出てきたのが懺悔の手紙だけなんですから。
それから時が経ち、震災で荒れた街は何事もなかったかのように再興して、あちこちに織物工場や製鉄所が立ち並ぶぐらいにまでなったんです。ブリキ缶のこともすっかり忘れ、大人になった私は同じ街の可愛らしい娘さんと結婚して子供にも恵まれたのですがね、毒ガスが充満するこの街で健康にいられる訳がない。おまけに産後の肥立ちも悪くてね、母子共々半年ほどで死んでしまったんです。
ああ、私の人生にはどうにも誰かの死が纏わりついて離れないんだと手元に残った骨を見ながら思ったものです。小さな、小さな骨でした。
ふとね、なんだかあの柘榴の木のところへ行きたくなったんです。まぁ、行ったところで靄に包まれていてお世辞にもいい景色ではないんですが、あの場所はやはり引き寄せるなにかがあるんです。父がそうであったように。
二人の喉仏を--と言ったけれど、子供の方は小さすぎて明確に残りもしなかったのでどこかの一部なんですがね、柘榴の木の下に埋めてやろうと思ったのです。苦しむ二人になにもしてやれなかった私が出来るのはただ、生まれ育ったこの街を一緒に静かに見届ける場所を与えることだけだと。
老いた柘榴の木は相変わらず腰がねじ曲がっていて、それでも青々とした葉で甘い香りの花を咲かせていました。骨を埋めるためにその根元を掘り返しているとね、なにやらボロ布に包まれたものがゴロゴロ出てきたんです。なんだろうと思って手に取って布を広げると喉仏だった。全部で五つの喉仏が埋められていたのです。
父があのとき何をしていたのか、漸く解ったんです。父は戦友のために柘榴の木を首塚にして供養していたのだとね。
私もまた父と同じように私の愛する人たちをここに供養しようとしていた。私はどこまでも父の子なんだと、悟りました。
しかし、不思議だと思いませんか。片腕しかない父がどうやってこの木で首を吊って命を絶ったのか、私は未だにわからないのです。
左腕があるとはいえ器用に縄を首に括ることが出来るんでしょうか。
ねぇ、貴方……どう思います?私はね……--
(了)
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