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柘榴(三)

柘榴(第3話)

一色孟朗

タグ: #幻想怪奇 #純文学

小説

998文字

 私が小学校から戻った日のことでした。庭がひどく騒がしかったので、不思議に思って玄関に荷物を置いて様子を見に行ったんです。なんとね、丁度父が池の鯉を掴み投げているところに遭遇したんです。母の足元でもがいている数匹の錦鯉たちはどれも立派で父がとても大切に育てていたはず……異様な光景を目の当たりにして呆然とする私と静かに涙を流している母を余所に、父はシャベルを掴むと叩き殺していきました。どれもピクリとも動かなくなるのを見届けた父はシャベルを放り投げ、何事もなかったかのように居間へと戻り……ただ残酷だけがとり残されていました。しかしね、その散らかった鯉の残骸と鱗は語っていたんです。確かにあった生が失われていく様こそが現実であり、儚く美しいと。こんなことをする父の子だからかしらん?

 母と共に庭の片隅に死んだ鯉たちを供養してやりながらそんなことを考えていました。母にイッタイ何があったのか問うたのですが、母は「お父さんは天に滅ぼされたのよ」とだけ言って静かに手を合わせるだけでした。

 

それから数日が過ぎた頃でした。今日もいつも通り蔵へ行って例のブリキ缶を眺めるのだろうと思っていたのですが、この日は違って缶を脇に抱えシャベルを持ってどこかに出かけて行ったのです。その次の日も、また翌日も……缶とシャベルを持って父は出かけた。

どこへ行っているのだろう……?気になった私はそのあとを、やはり父に見つからぬようにつけました。この時の私はまるで刑事か探偵にでもなった気分でとても高揚したものです。

家からさほど離れていないところに小高い丘がありまして--そう、此処です――私はちょうどこの辺りの、低木に身を潜めて見守っていました。父はこの柘榴の木の根元を、残った左腕で持ったシャベルを使って、時折うめき声をあげ大粒の汗を額から流し、思い通りにいかないのか苛立った様子で穴を掘っていました。

穴を掘り終えると、父は少し疲れたのか穴の横に腰を下ろし柘榴の木にもたれ掛かり仰ぎ見たんです。その横顔がネ……言い表すことのできないほど美しかった。本当に私の父なのか、そう疑うほどに仄暗く悲しく優しかった。そんな父を柘榴の木がまるで慰めるかのように枝を垂らし父のそばで枝葉を揺らすんです。風があったかどうか、覚えていません。枝の先には熟れた柘榴が実っていて、連なっている。それを見て父は泣いていました。

 

© 2025 一色孟朗 ( 2025年9月7日公開

作品集『柘榴』第3話 (全5話)

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