自販機→並行世界

森水

小説

4,171文字

友達が自販機は並行世界の入口になっていると言うんです。
それって、自販機の中に入れば並行世界へ行けるってことなんでしょうか。
自分、入れるかなぁ。

 やっと弁当が食べられる、と思いました。でも、四限の授業が終わった今です、弁当を取り出そうと、机の横にかけられたリュックサックを触った時、また彼と目が合いました。ううん、今日は一緒に食べられないんだ、この後すぐに委員会に行かなきゃならないから……。でも彼はそのままこっちへわたわたと、駆け足でやってきます。

「ねぇ、ねぇ。聞いてよ」

「なに」

「この前の休みにさ、僕、並行世界の入り口を見たんだよ。本当なんだ」

 ……あ、まさかそんなこと。自分は正直なところそう思ってしまいました。普通、自分であれば、こういったつまらない話の類に付き合うことはまずありません。でもその一方で、並行世界、という言葉が、なんだかどうしても横目で払い除けられないのを、この心は感じていたのです。

「ふぅん、どこで。どこでそれを見たの」

「自販機だよ」

 この時、自分の喉から「へぇ、そうなんだ」という言葉の出かかったのが、すっと戻って行きました。危なかった。え……ところで今なんて?

「自販機……本当に?」

「さっき言ったよ。本当だって」

「じゃ、どんな風に。どうやってその入り口が見えたの」

「……ええっと」

 ここまで揚々と話しておいて、彼は突然言葉を詰まらせました。

「ううん、何というかさ……その、見てはいないんだよ」

「見たんじゃなかったの」

「だから……うん、そう」

「じゃなんで――」

    あぁ、そういえば自分は今、急がないといけなかったのに。この話を早く切り上げるかどうかを決めなければ、そう思いました。一緒に並行世界が有るのだか無いのだとかを考察するならまた後にしてもらおう。

「あ、どうしよう、自分ね、今から委員会に行かなきゃならなくてさ、申し訳ないけどまた後でね、ごめんよ」

    うん、なんて白々しい切り上げなんだろう。自分はそうやって、やや急ぎ気味でペンケースを手に取って、走り出そうとしたのです。しかしながら彼がこのように、慌ててもう一言付け足してきたので、また自分は足を止めざるを得ませんでした。

「でもっ、でもさ、根拠はちゃんとあるんだよ」

「根拠? ……うん、じゃ、それだけ聞かせてよ」

「よかった。あのね、僕が自販機に飲み物を買いに行った時だよ、僕はその時コーラを買ったんだ。コーラのボタンを押したってことだからね。でも、結局出てきたのはオレンジジュースだったんだ」

「故障だったの」

「違うよ! そうじゃなくてさ、その自販機にはそもそもオレンジジュースなんか売ってなかったんだよ。置いてないものがさ、間違っても出てくるわけないじゃない」

    参ったなぁ。この話が〝本物の不思議〟であるかどうかはともかくとして、この今話していた〝根拠〟というものがやっぱり、自分の中でこの話を無視できないものにしてしまったようです。

「なるほど、分かった。でもね、自分も実際にその現象を見てみないことには信じ難いんだよ」

「だったら一緒に見に行こうよ。それで証明できるだろう?」

「うん、それがいいね」

    と自分が一つ返事で返すと彼は

「本当に! なあんだ、嬉しいよ」

    と。どうやら自分みたいな人間が、態々付き合ってくれるとは思ってもいなかったからでしょう、彼は予想以上に驚きの表情を見せたので、自分は却ってさっきの返事に、少しばかりの恥ずかしささえ覚えてしまいました。

「じゃ、今日の放課後に早速行こう。通学路の途中にある自販機だから、そんなに遠くには行かないよ。ね、それでいいかな」

「うん、いいよ」

    そう自分が言うと、素直に彼は自分の席に帰っていきました。それでやっと我に返ったのです。ああっ、もう委員会に遅刻しているじゃないか!

「ここだよ、ここ」

    彼は例の自販機、を含みのある表情で指さします。うん。見た目に変わったところなどは特に無いようですが。

    ――というわけで、放課後になって自分らは二人、自販機の前に立っていました。

「あのね、今から僕が、この前に自販機で飲み物を買った時みたいに飲み物を買ってみるよ」

「うん」

 すると彼は、ポケットから百円玉を二枚取り出して投入しました。そして選んだのはブドウジュース。そしてそれが今、取り出し口へと落ちた音がしました。でも、あれ。

「あの時はコーラを頼んだんじゃなかったの」

 飲み物を取り出そうとした彼はその手を止めて、ハッとこちらへ振り向きます。

「なんでお前がこだわるのさ。きっと種類はなんでもいいんだよ、今僕はブドウジュースが飲みたいの」

「ふうん、まぁいいけども」

 と自分は返事したけれどやっぱり〝再現〟は〝再現〟らしく徹底してほしいものです。……などと、自分がいじけていたその時

「ああっ、ほら!」

 彼がこちらに、出てきたボトルを突き出して見せてきたんです。それで……あっ。自分も、それが何の飲み物であるかを確認したところ、それは確かに全くブドウジュースではない、おしるこでした。……でも

「うん、確かに違うものだけどさ、おしるこはこの自販機に〝ある〟飲み物じゃないか。あの時君は〝無い〟ものが出てきたって言っていたはずで――」

「そうだけれど……ねぇ、そもそも違う飲み物が何回も出てくること自体が、そう無いことじゃないか。それでも故障、と言うの」

「……いや、そうじゃないけど」

 そういう彼の言葉に、自分はリュックサックから財布を取り出していました。

「じゃ、もう一本買ってみよう。試行回数は多い方がいいからね」

「あ」

 何を買おうかな。と一瞬は迷ったけれども、そういえば選んだものが出てくるんじゃなかった。なので自分は適当に抹茶ラテを選び、ボタンを押そうとしました。しかしその時

「待って、あのさ、自販機の中が本当に並行世界とかの入り口になっているならさ、直接覗き込んでみれば見えると思うんだ。だからちょっと待っていてね」

 そう言ったかと思うと彼は、まるで自販機の下にあるかもしれない小銭を探しているかのような体勢で、取り出し口をパカッと開けると、本当に中を覗き始めたではありませんか。そういえば自分はこれまで生きていて、自販機の中身を覗いたことなんてありませんでした。そう考えると、今彼のやっていることは貴重な経験……とも言えますでしょうか。

「ねぇ、ボタンを押してくれない」

 彼は自販機に頭を半分くらい突っ込みながら、こちらにそう指図しました。えぇ、どうしてでしょう。別に構わないのだけど不安です、そのままだと顔にボトルを直撃させてしまいそうで。

「どうして。頭を退けてくれたら押すけど」

「ううん、そうじゃなくてさ、知らなかったんだ。飲み物が出てくるとき以外は、蓋で出てくるところが閉じられているみたいでさ」

 ああ、なるほど。自販機の中身を覗いたことなんてなかったから考えたことも無かったけれど、考えてみればそういうものでしょうね。

「分かったけど、顔にはぶつけてもいいの」

「いいよ、あの蓋が開いた瞬間さえ見られれば避けるからね」

 ……とのことだから自分はボタンを押しました。それからすぐに彼の方を見ると、どうやら特にボトルが直撃した、といったことはなかったようで良かったのですが、出てきたボトルを手にすると、首を傾げ、それをこちらに持ってきて、こう問うてきました。

「ねぇ、この飲み物、はじめて見るんだけれどさ、お前は何か知ってる?」

    ……ああ、それは透明の

「水だよ」

「へぇ、分からないけどそうなんだ。ね、ほら、お前が買ったものだからね」

 そういって彼は、こちらに水のボトルを手渡してきました。はぁ、そうなのか……。それから彼は思い出したかのように

「ね! やっぱりそうだ、見ただろう、今〝無い〟飲み物が出てきただろう!」

「うん……あれ、見て見て、当たってるよ!」

 さっきの水を買ったときに当たりが出たらしく、並行世界とか何とかの話すら置き去りにして、自分らの意識はまた商品選びに戻されました。

「今度は何にするの、ねぇ」

「なんでもいいだろ」

「じゃ、今度こそコーラね」

 それで自分らはコーラを買って、何の飲み物が出てきたか確認する。

「何が出てきたの」

「あぁ、また変な飲み物だ。ええっと、魔界超ドリンクだってさ」

「へぇ」

  ――それから、自分はこの一連の出来事を目の当たりにして、嬉しかった……と言えば違うけれど、少しほっとしていました。何故でしょう。それはきっと、この世界が本当に〝ある〟ということをはじめて実感できたからです。

    あれは自分がいつの間にかこの世界に迷い込んでしまった時のことでした。願えば、もしかするとこんな風に、何か不思議が起こるかもしれないこの世界は、願っても出ないものは出ないし、起こらないものは起こらないあの世界に比べて、どんなにか魅力的に見えたことでしょう。それに、ここには〝水〟が無いだなんて、それこそ本当に不思議でたまらない。しかもそれでいてここは、こう言った不思議なことはたびたび起こるのに、元いた世界とはそんなに見た目も、環境も変わらないのです。だから自分はこの世界を、勝手に並行世界のようだ、と思っているけれど、実際のところは解りませんから、あわよくば、今この自販機の中が、本当に元の世界と繋がってはいないだろうか、とわくわくしてしまいます。でも、それで帰り道が目の前にあったとしても、帰るつもりはありません。とにかく自分はここが好きなのです。だから、これ以上は特に期待しないし、彼にも、並行世界(多分)から来たとかいうことは言わない方がいいと思っています。

    ……うん、それはそれとして、可笑しいですよね。向こう側の自分たちは自販機で、おしること水をチョイスしているんですって。どうしても変な組み合わせです。……でも待って。順番的におしるこを買ったのは自分ではないようだし、まぁきっと向こうは冬なんでしょう。

「ねぇ、ねぇ、これで信じてくれたかな」

彼は輝く目でこちらを見つめ、言います。そして

「あのさ、自販機の中に入る方法を思いついたらさ、一緒に並行世界を見に行こうよ」

   というので

「そうだね。思いついたら」

と応えたけれども、もしこれも叶ってしまったらどうしましょうね。

    ――そんなことを話しながら、また自分たちはこの世界の〝日常〟に帰ってゆくのです。

「あ、それとさ、どうしようこれ」

    その時、彼がこちらに何かボトルを手渡してきました。

……あれ、そういえば魔界超ドリンクって何なんだ。

 

                                  → 並行世界

自販機

         → 魔界

2024年10月25日公開

© 2024 森水

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