冬の午後の日射しは冷徹な空気を突き抜け、事務所の窓ガラスをまっすぐに通過し、木の床の上に日溜まりを作っている。そこで温められた空気は、布張りのソファの上――ナーゴウの定位置である――で惰眠を貪るにもってこいの環境を生じさせる。そして実際のところ、今もナーゴウはそこで丸くなっているのだった。
まっとうな猫なら、そのようにお気に入りの場所でひたすらにまったりと過ごすべき時刻であった。その猫が仲間と共にいようと、ただ独りであろうと。こんなときに出歩いている者は、そう、やんごとなき事情を抱えた者である。
事務所のドアをそっとノックする音がナーゴウの浅い眠りを妨げた。彼は深く眠ることのない猫であった。もちろんあらゆる猫というものは眠りに関しては天賦の才を持っている。彼らにとっては眠りこそが生活のほぼ全てである。したがって、眠りのスタイルにはその猫の本性というものが反映されるのだ。我らがナーゴウの眠りが常に浅いことは、彼のハードボイルドな生き様に照らし合わせてみれば納得しかないと言えよう。であるからして、ノックの音によってナーゴウの意識はすぐさま現実世界へと立ち戻ったのではあるが、それすなわち彼が目を開け、ニャムと返事をし、来客を迎え入れるということを意味はしなかった。
ナーゴウは右の耳を二度、パタパタと動かすのみであった。
薄目すら開けはしなかった。
彼はこの街随一――というか実際のところは唯一――の探偵である。その名声は遠く隣町のそのまた隣町にまで及び、ナーゴウに解き明かせぬ謎なしとまで言われる程であった。だがそれが彼の実力を適切に表しているとは到底言いかねるものであることは論を俟たない。猫の伝聞ほど当てにならぬものはないのであった。そこには情報の欠落と補完――それもかなり大雑把な――がついてまわるのが常である。ともあれ、彼が一定の評価を得ている以上、彼への依頼はコンスタントに発生した。ノックの主もそんな彼に依頼を持ち込もうとしているのに違いなかった。彼はクライアントを丁重にもてなすタイプではない。
三度目のやや強いノックの後、ナーゴウはのっそりと首をもたげ、大欠伸をした。体を起こし、前肢を揃えて地につけ、背を反らせてストレッチする。足音をさせずに(多くの猫がそうであるように、習慣として彼は常にそういう歩き方をする)ドアのところまで行き、ギィーとドアを開けた。
そこにいたのは、艶やかなミカン色のメス猫だった。
「本日休業と書いてあるのが目に入らなかったのかね」
ナーゴウは低い声で無表情にそう言った。
「ここのことを教えてくれた方が親切にも、ドアには常に『本日休業』と書かれているけども無視してノックするようにと教えてくれましたわ」
メス猫のほうも表情を変えることなくそう返すと、ナーゴウがどうぞとも言わぬうちにドアをすり抜け、事務所の中へと入った。そしてツツとソファに近寄ると、ちょうどナーゴウの定位置にあたる場所に飛び乗った。ドアのところに突っ立ったままのナーゴウに目を向け、彼にそばに来るよう、すまし顔で無言の圧をかけた。
しぶしぶナーゴウはテーブルを挟んでソファの向かいの椅子に腰掛ける。
「用件を伺おう」
メス猫は目を細め、二度、三度と息を繰り返した。それからようやく口を開く。
「私はミャロンと申します」
そこからさらに呼吸を二度。
「娘を探していただきたいの」
「歳は」
「三ヶ月」
こいつはやっかいだ、とナーゴウは内心に呟いた。子猫は三ヶ月になると急速にその行動範囲を広げるが、親元を離れて生きていける可能性は限りなくゼロだからである。
「事態は急を要しますな」
「引き受けていただけるかしら」
「報酬は一時間につきカリカリ一個。実費は別に請求。成功時にはニボシを一匹つけてもらおう」
「よござんす」
ミャロンはパッとソファから飛び降りた。そして尻尾を立てて、事務所を出ていった。
すぐにナーゴウは調査を開始した。彼の調査方法は主に聞き込みによるものである。集会のある日であればそれも簡単に済むのだが、今回はそれを待つわけにもいかなかった。一匹一匹と同胞らの居場所を訪ね歩く必要があった。こうした際に如何に犬などに遭遇せずに猫のいる場所に辿り着くかこそにナーゴウの探偵たる能力が試されるのである。
数時間に及ぶ聞き込みの末、煉瓦造りの屋敷に住むミーシャという長毛の白いペルシャ猫から有力な手がかりが得られた。彼女は窓辺からナーゴウを見下ろし、こう言ったのだった。
「ミカン色の子猫がニンゲンの車に驚いて西の方に駆け出していったわ」
ナーゴウは子猫が選びそうな道を西に辿った。そしてさらに聞き込みを続ける。
そうして最終的にナーゴウは、川を超えたあたりの番猫である巨漢のサバ猫・ナイアンに件の子猫が保護されていたことを突き止めたのだった。特にドラマはなかった。探偵の仕事というのは大抵が地味なものである。
ナーゴウは子猫の首を咥えて得意げにミャロンの元を訪れた。
翌朝、事務所の机には報酬のカリカリ五つとニボシ一匹があった。その横でナーゴウは眠りを貪っていた。
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