クンのシ

空殻

小説

1,695文字

君は私の100円を盗った。
君は私の知り合いになった。
君は私の話し相手になった。
君は私の――――――――――。

 

 

 

1.ワタガシの小銭


 

小さなコンビニだった。コンビニエンスストアとは小さいものだが、その個人経営のコンビニというやつは一回り小さいように見えた。街頭など周りになく、店内の光が外に漏れる様は成程、虫の明るさに集まる性質が理解できそうだった。

 

私はふらりと寄った。

 

ああ、懐かしい。ここに来て唯一あそことの共通点で、そこに入ったら元住んでいた場所に戻れそうだ。

 

いや、戻れないのだけれども。

 

都会にあるそれとは違い、赤や緑のライトの看板は使われていない。白い板に無機質に青色で「コンビニたけよし」と書かれていた。たけよしかあ、なんてどこか感慨にふけりながら、手動のドアを開けた。雑誌などは売られておらず、真っ先に目に入ってきたのは動物の絵がパッケージになったワタガシだった。

 

特に何か、ものを求めていなかったので狭い店内を一周回って入り口付近に戻ってきたところで、ワタガシを手に取った。丁寧に、けれども剥げかけた文字で75円、と棚の値札に書いてあった。

ちょっきしあったかな、とレジに行く前に確認をする。ポケットに入れていたがま口財布の中身を左手に移し替える。その時チャリンと小銭が数枚落ちた。

 

———♠———

 

何か企んでいたわけじゃない。この村じゃ当たり前だよ、聞いてみろよ、みんなにさ。ほらタイとかベトナムだったかもそうじゃないか。靴脱げって言われても公共の靴箱に入れちゃいけないんだよ。もうその時点で個人のものじゃなくなるんだからさ。

ああ、でもうん。認めるよじゃあ、確かに、こんなにずるいことはあんまりここの奴でもしないさ、もし俺が同じ事されたら殴ってるね。でもそこはやっぱ、ほら俺だから。もちろん殴られる準備はできてたよ。でもほんと、社会ってそんなもんだろ??

 

———♠———

 

私が拾おうとした100円玉は違う手によって掬われ、私の視界から消えた。

「あ、ありがとうございます」

咄嗟に出た言葉は相手に聞こえなかったのか空気に紛れて漂うだけだった。100円玉を拾った手の持ち主は同世代の青年のように見える。青色のパンツに茶色のジャケットを羽織った彼は既にコンビニから出ようとしていた。

「あ、あの、待ってください」慌てて声を再度かけるもまた空振りに終わり、ドアがバタンと閉まる。

どうにも理解不能で、それでも自分のお金が取られたことは把握し、私も持っていたワタガシを棚に戻してからコンビニを出た。

彼はのんびりと、悪気も後悔もなく、優雅に私の前を歩いている。それとは正反対に私は猛ダッシュで彼に追いつき、腕を掴む。初めて見る彼の顔に驚きはなく、少し愉快そうに目を細めた。

「あ、あの。あなたがさっき拾った100円玉、私のなんですけど、返してください」

彼に対して怒りはあったけれど、見知らぬこの青年に対し恐怖もあり、彼の顔から目をそらす。体格がいいとはいかないものの、180センチはあろう背格好のせいかもしれない。

「これのこと?」

彼の声は随分と楽しそうだった。掴んだ腕はあっさりと振りほどかれ、その先にある彼の手のひらには100円玉が一枚乗っかていた。

「そうです、それ返してください」

これは長くなるぞ、この人絶対譲らない気だ。そんな証拠どこにもないよ、これは俺の。なんて言うんだろうなと思っていたのに反して、意外にも彼は「分かったよ、はい」とあっさり返してくれた。

「あ、ありがとうございます」

「臨時収入だと思ったんだけど、やっぱり駄目だったか。いやあ残念」

「ダメに決まってるじゃないですか」

100円玉をポケットにしまうと恐怖も和らぎ、ようやくはっきりと相手の顔を見る。彼の容姿はひどく整っていた。切れ長な目は笑うと緩やかなアーチをつくり、好青年を思わせ、そう、あくまでも見た目だけは彼は好青年で、輪郭の随分端まである大きな口はどこかエキゾチックだった。

 

この人、ワタガシ食べるかなあ、とふと思った。

 

 

 

 

 

2020年3月30日公開

© 2020 空殻

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