少子化というのは悲しいものだ。私の生まれた町も過疎化が進み、母校の今川小学校は数年前、隣町の立野小学校に統合されてしまった。同時に校歌も新しくすることになった。驚いたのは、新校歌の作詞の依頼が私にきたことだ。私は小説を書いているけれど、作詞なんてしたことない。それでも地域の歴史について調べ、両校の元々の校歌を参考にして、他県の学校の校歌もこっそり利用して、なんとか完成させた。当時の校長から「両校の伝統を受け継いだ素晴らしい歌詞だと思います」と興奮気味にほめられて、私は恥ずかしくなった。ありきたりで古臭い歌詞を歌わされる子どもたちがかわいそうだと内心思っている。
その後、小学校でイベントがある度に、招待状が私の家に届くようになったが、出不精な私は行かなかった。しかし、先月届いた運動会の案内には、私の歌詞が印刷されたプログラムだけでなく、校長直筆の手紙も一緒だった。手紙によると、今年で両校が統合して十周年らしい。つい最近の出来事だと思っていたのに、時の流れは早いものだ。記念の運動会なので生徒たちは熱心に練習をしている、ぜひ来てほしい、と書かれていて、私も断ることはできなかった。
運動会の日は曇りだった。日差しが強くない方が子どもにとってはいいだろう。私は来賓席に座らされ、PTA会長の隣で競技を見学した。大玉転がし、騎馬戦、応援合戦。みんなマジメで気合が入っている。会長によると、最近は運動会を午前中で終わらせてしまう学校が増えているけれど、立野小は準備に時間をかけ、昔からのプログラムを守り続けているのが自慢らしい。練習中にみんなでふざけていた今川小とは大違いだ。
子どもたちは家族とお弁当を食べる昼休み。私は「立川サポーターズ」がつくった料理をいただいた。だし巻き卵は甘くなくてイマイチだったが、チャーシューは肉厚でおいしかった。脂身のバランスもいい。デザートもたくさん用意されていて、私はババロアを四つも食べてしまった。ちなみにトレイには「立川婦人会」とプリントされたテープが貼ってあった。会長によると、団体名が変わったのは最近らしい。
私はデザートを食べ続けながら午後の競技を楽しんだ。最終競技のリレーが終わると結果発表。今年は赤組が勝ったようだ。盛り上がる赤組の生徒たち。次は校歌だ。音楽の先生らしき人が朝礼台に上がり、曲がスピーカーから流れはじめた。一生懸命に歌っている子もいれば、口を動かしているだけの子もいる。周りとふざけている子もいる。まあ、この時代遅れの歌詞ではしょうがない。英語の歌詞とか入れておけばよかった。歌っている子は三分の一くらいでも、グラウンドに響く声には十分な力があり、私は感動してしまった。曲が終わった瞬間に「赤組最高」という叫び声が聞こえた。ほほえましい。声が低いから六年生だろうか。
一度朝礼台を降りたはずの先生が、マイクを持ち、また朝礼台に上がった。
「みなさん、大切なお話があります。しっかりと聞いてください」
生徒たちはざわついている。「どうしたの」という声が保護者からも聞こえた。
「静かにしてください」と先生は怒りを抑えた声で言った。ほとんどの子は話を止めたが、そのせいでしゃがれた笑い声がよく聞こえた。
「誰がふざけているのか、ここからだとよーく見えます。高橋さん、今も、校歌を歌っている間も、ずーっと遊んでいましたよね。高橋さんだけじゃないです。真面目に歌っていない人がたくさんいました。特に六年生。みんなのお手本になるべき六年生がふざけるなんて、先生は悲しいです。立野小学校の最上級生だとは思えません」
先生は一呼吸おいた。保護者たちも動きを止めたので、私もグレープフルーツゼリーを食べるのを止めた。
「校歌は立野小学校の絆をつなぐ大事なバトンです。これまで約五十年、先輩たちは校歌を大切にして、心をつないできました。十年前、立野小学校に今川小学校が統合しました。その時に、今日いらして下さった佐藤先生が、二つの学校の心を結ぶ、すばらしい校歌をつくってくれました」
まばらな拍手が聞こえたので、私は頭頂部のハゲが見えない程度に、軽く頭を下げた。
「いいですか、校歌には二つの学校の、今までのすべての先輩たちの思いが込められています。そして今年は立野小学校の創立五十周年、今川小学校と統合して十周年。大切な、大切な、記念の年です」
先生はわざとらしく校庭全体を見回した。
「みなさんも、特に六年生は、そのことを分かっていると先生たちは信じていました。あんな不真面目な校歌は先輩たちにも、佐藤先生にも、申し訳ないです。みんなのせいで絆のバトンが途切れてもいいんですか」
私の目の前で、先生をじっと見上げていた小柄な男の子が、それは嫌だと訴えるように首を振った。先生は頷き、「みんなのカッコイイ歌声を聞かせてください」と言った。
曲がまた流れ始めた。子どもたちは歌うというより怒鳴っている。低学年の子の高い声は悲鳴のように聞こえる。「元気な子」という歌詞をみんなが大きく叫んだときに、食べかけのゼリーが揺れた。曲が終わると保護者たちの拍手が校庭をつつみ、しばらく鳴りやまなかった。
校長先生による閉会の言葉がはじまった。校長は生徒の歌をほめた後、「それでは佐藤先生にも感想を聞きましょう」と言って、私に向かってほほ笑んだ。逃げられる雰囲気ではなかったので、仕方なく朝礼台に上がると、マイクを渡された。まだ熱狂が残る子どもたちの視線が私に向いた。
眞山大知 投稿者 | 2025-11-14 13:29
妙に純粋で、生真面目で、年上に従順な令和の小学生から感じる独特の空気をとうまく表現できていてすごいなと感じました。
小学校の日常を映し出す『小学校~それは小さな社会~』というドキュメンタリー映画があるのですが、その公式サイトに「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子どもは“日本人”になっている」という言葉が書かれていて確かにそうだなと膝を打ちました(古臭い旧家にいるので親戚一同で集まると少子化なのに小学生の子供を四人も見かけるのですがみな今作に出てくる児童のように不気味なぐらい従順で恐怖を覚えた記憶があります)。
佐藤 相平 投稿者 | 2025-11-16 10:18
感想ありがとうございます。たしかに最近の子どもたちは従順な気がします。「12歳になる頃には、日本の子どもは“日本人”になっている」というのはいい言葉ですね!納得できます。
曾根崎十三 投稿者 | 2025-11-15 21:47
実話なのかな、と思わせる、なんだかありそうでなさそうな、でもやっぱりありそうな感じ。
佐藤さんの作品って食べ物美味しそうですよね。ババロア食べたくなりました。怒声で震えるゼリー見たいです。ゼリーだったら大声で震えますもんね。プリンも。
佐藤 相平 投稿者 | 2025-11-16 10:19
感想ありがとうございます。個人的にはチャーシューが一番おいしかったですが、ババロアやゼリーも良かったです。実話なのかな?
河野沢雉 投稿者 | 2025-11-17 09:20
昭和、平成、令和、連綿と続く「地元」の呪いみたいなのをリアルに感じました。やはり、実話なんですかね……? 気になります。
佐藤 相平 投稿者 | 2025-11-28 11:10
ありがとうございます。呪いを感じていただけてうれしいです。実は、実話では、全くないです。
大猫 投稿者 | 2025-11-20 21:00
読みやすい文章で物語の流れのリズムも良く好きな作品だと思いました。
自分ではそうとも思えない作品を過大評価され、大切に大切に受け継がれて、その上運動会の来賓として招かれた内心忸怩的な感じが良かったです。主人公によっては作詞した歌はもう他人事だから、出された御馳走にしか関心がないところも良くて。
一方、小学生だからふざけたり集中できない子がいるのも当然だけど、それを真剣に指導する校長先生、叱られてがなり立てるように歌う子供たちの制御の利かなさ、みんな真面目にやっているのにちょっとずつずれてるのがたまりません。
佐藤先生はどんなスピーチをしたのでしょうね。
佐藤 相平 投稿者 | 2025-11-28 11:15
文章の流れやリズムをほめてもらえるとは!うれしいです。みんなマジメなのにずれている状況が好きなので、そこもほめてもらえてうれしい。諏訪真さんもコメントしていますが、やはりスピーチ内容まで書き切った方が良かったのかなと、その点についてはちょっと反省しています。
諏訪真 投稿者 | 2025-11-22 15:48
話の導入と動線、あとデザートが非常に美味そうであることは素晴らしいと思います。
一点。ここからあと少し、スピーチとそのあとの顛末まで見たいと思いました。
佐藤 相平 投稿者 | 2025-11-28 11:12
感想ありがとうございます。スピーチの内容は読者の想像にゆだねてみたのですが、やはり書き切った方がよかったのかなと思いました。