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山の中で小学生を育てていたら神になってしまった

第41回文学フリマ東京原稿募集応募作品

破滅派

(家作り×ペド×狂気×自然)
文明から離れて10年。木の枝で作った自転車に子どもが乗れた日、彼らは私に「オカアサン」と呼びかけた。
※この小説は生成AI(ChatGPT 5)が作成しました。

タグ: #AIが生成 #第41回文学フリマ東京原稿募集

小説

5,638文字

やまへ入って、もうじゅうねん。

さいしょの冬は、屋根からおちるしもばしらが、ばきばき鳴ってこわくてねむれなかった。春になれば、風鈴の中に蜂がずぼっとはいって出られなくなり、夏は雨どいにちいさなヤマメがまぎれこんで、秋は囲炉裏の灰の下から焼きいもが宝さがしみたいに出てきた。

そういう四季のぶきようを、ひとつずつ家と人でならしてやるのが、わたしの仕事。仕事っていっても、通帳もなければ請求書もない。ただ、土壁ぬって、薪わって、竹あんで、古い梁をあぶってつよくする。家がわたしを住まわせて、わたしが家をすこしのばす。ほんと、それだけ。

 

子どもが来たのは、みっつ目の春。

山腹の廃バス停に、濡れたランドセルがふたつ。ひとつはあじさいの葉みたいに破けてて、もうひとつは蛙みたいにつやつや。兄と妹で、兄は前歯が一本なくて、妹はやたらと敬語をつかう。

「おばちゃん、でんきってどうやってつくるの?」って妹。

「お前におばちゃんは失礼だろ」って兄。

わたしは笑って、ふたりを家につれて帰った。炊いた押しむぎを出して、「電気はね、水が落ちるちからと、お日さまの板と、風の羽と、あとちょっとのまほうでできてるよ」って言った。まほうの正体は、古い教科書と手回し発電機。ばれないくらいの嘘は、生活の潤滑油。

 

それから、似たような子が、ぽつぽつ、ひょいひょい。

町から、谷から、崩れた通学路から、閉鎖された分校から。だれかが連れてきたんじゃない。山が道を覚えていて、水が低いとこにあつまるみたいに、子はここに来た。

一度は麓の交番にも行った。「子どもが来ます」って。

おまわりさんは「保護者の同意が」と言う。

わたしは「それがどこにもいないので」。

「いったんお預かりします」

「家なら、増築できます」

会話はそれきり雲に吸われた。雲はいつもそう、いいとこで黙る。

 

わたしの日課は家づくり、かれらの日課は家あそび。

小川をせき止めてミニ水車。竹でホースを編んで水を引く。わら踏んで土をねる。わら縄をより、栗の木は表面を焼いて防腐。大黒柱に刻みを入れるときは、記号の意味をいっしょに覚えた。「ほぞ」と「ほぞ穴」を合わせるたび、ちいさい手がぱちぱち。

数年もすれば、梁の上を猫みたいにするすると歩く子も出てきた。九九はやってないけど、梁と梁のねじれを目で読む術を覚えた。目見当ってやつはね、紙の計算より、指先に近い。

 

そのうち噂が、先に歩いて来た。

「山に子どもを集める女」「崩れた神社に巣」「宗教だ」「柔らかい頭を食う魔女」「ぺど」。目に見えない掲示板にだれかが釘を打って、わたしの顔も名前も複数形にされた。

擁護ってむずかしい。言えば言うほど、説明は過剰になって、過剰はいつも狂気に似る。

だからハンマー置いて、子らと槙の木の下で昼寝した。寝るのがいちばん正確。ねむりは言い訳しない。

 

で、その日。木の枝の自転車が、できあがった。

冬のあいだに集めた曲がり枝を湯であっため、ちょいと曲げをそろえて、獣の骨みたいに軽い木輪をふたつ。どんぐりを穴につめ、くさびを打ち、ハブには古釘と鹿の皮。チェーンのかわりは撚り縄を二本。クランクは楓の節。ブレーキは足。サドルは栗の皮。

できるはずないもんを、できる手数で積んでく。ほとんど勢い。

試走の日、いちばんちびが、おばけみたいなチャリで坂をすべって、ころばずにぴたっと止まった。わあっと声があがって、ふり返ったちびが、わたしを見上げて叫んだ。

「オカアサン!」

その発音で、山肌の雪が一度にほろりと崩れた気がした。

 

オカアサンって呼ばれるたび、わたしの形がちょっとずつ変わる。

わたしは性別の境目から逃げるみたいに山へ来て、呼び名をへらしてた。名前も、肩書も、夜間大学での先生も。

でも「オカアサン」は減らずに増えた。背中に見えない腕が何本も生えた。薪を担ぐ腕、傷をふく腕、雨をよむ腕、嘘を嗅ぎ分ける腕、そして噂から子の耳をふさぐ腕。

ある日、兄が聞いた。「先生って呼んでもいい?」

妹が横から「先生は町にいるよ。山にいるのはオカアサンだけ」

みんな笑った。わたしも笑った。笑うと梁がちょっと鳴る。

 

子らはいつの間にか、わたしを神にした。

神棚なんてないのに、物干し竿の影が午後の光で狐の顔になり、だれかがそこへ煮干しをそなえる。雨乞いは手押しポンプを全員でこぐこと。祭は屋根の葺き替え、御神体は棟木。御神楽は足場板の上の綱引き。神託は、壊れた蝶番のきいって鳴る音。

わたしが「今日は鹿の出る風だよ」って言うと、それは予言になる。実際出るし、晩ごはん決まるし。

かれらが神にほしかったのは、奇跡じゃない。責任の置き場所。川があふれ、焚き火が湿り、夜ふけにだれかが泣いたとき、重たいものを引き受ける器。神は器で、底は深いほどうれしい。

わたしの胸は、しらないうちにその深さに合わせて、ひろがったり、へこんだり。

 

もちろん、底がぬけそうな夜もある。

噂は谷をこえてくる。ヘリの音、車列の光、赤いベストの人の声。

「児童相談所です」「保護します」「あなたは彼らの何ですか」

「家です」って答えた。「この家の形は、時間でできてる。壊すなら、時間ごと持ってって」

紙をかざすひとたち。梁の上から見下ろすわたし。ふるえる子。兄は立ちはだかり、妹は裾をにぎる。

「おとなはこわい」って子が言う。「オカアサンはこわくない」

わたしはこわかったよ。自分もおとなだから。

 

ある夜、ここへ来る前の話をした。

都市の仕事。終わらない報告書。エレベーターの鏡にうつる顔。川べりでひろった亀の甲羅。そこに刻まれた細い線。

その線にそって、こことあっちの境が見えた気がした。線をたどって山に来たら、線の向こうに子どもたちがいた。

わたしはけっして、子を求めて山に来たんじゃない。

そう否定するほど、言葉はもつれる。

「ぺど」って言葉が、谷風にまじるのを何度も聞いた。子が寝たあと、土間をはき、火を見送り、軒で体を丸める。火の粉が星にまざる。影は畳半畳で、そこに収まってじっとしてれば、悪い夢はちかよらない。

 

翌朝、仕事をふやした。

わたしがいなくても立てるように、家の手数を分解して手渡す。縄のより方、梁の選び方、雨の気配の数え方、蛇の道のよけ方、嘘のにおいの嗅ぎ方、孤独のねかせ方。

「こどくって、たべもの?」って妹。

「食べものだよ」ってわたし。「腹がへった人は、わるいこと思いつくから」

みんなうんうん。うなずくってのは、一回世界を自分に入れてから返す動作。首の骨が、ひとつずつ強くなる。

 

自転車の次は、橋。

谷の浅い場所に、流木と蔓で、人ひとり分の幅。名前をつけると固定されそうで、だれも呼ばない。

橋ができると、町との行き来がふえた。本と靴と塩をもらって、きのこと栗と梁の端材を渡す。

町のひとは笑うひとも、目をそらすひとも、わたしの背中を写真に撮るひとも。

写真はいつも、わたしの肩で切れてた。顔は写ってないのに、顔だけ増える。見えない顔は、噂とおなじ速さでふえる。

だから、見えるものを増やした。梁に刻印。橋のたもとに、針葉樹の年輪の数をきざんだ石。数は目で数えられる。数えられるものは、ちょっとだけこわくない。

 

でもね、谷は一度、ほんとうに鳴いた。

雪どけのあと、さんにちさんばんの雨。橋がきしみ、床下で瓶がころころ、棚から器ががちゃん。兄は大黒柱にだきつき、妹はわたしの腰にしがみつく。

「オカアサン、祈って」

祈り方、知らない。わたしの祈りはいつも釘一本まっすぐ打つこと、それ以上の形はない。

それでも手を合わせ、柱と柱のあいだに顔を向け、梁に耳をあてた。木が鳴く。鳴き声の波が、わたしの頭の内側で雨とまざる。

そのとき見つけた。自分の中の空洞。空洞は怖さであり、容量であり、器の底のさらに下にあいた穴。そこへ、子らのふるえをまとめて落とせるかもしれない。神ってたぶん、穴の技術。

雨はやみ、橋はのこり、床下からは瓶とねずみ。ねずみは逃がし、瓶は洗った。

 

夏、子らは町の夏祭りへ。

帰ってくると、妹の髪に紙の花。兄の手には焼きそばの匂い。ポケットには射的の弾。

ちょっと、よそよそしい。

「同い年の子に言われた。『山の神さまの子?』って」

妹が言って、兄が笑う。「お前、神の孫みたいな顔だぞ」

わたしの胸で、山の空気と町の空気が、がつん、とぶつかった。

「わたしは神じゃないよ。家の柱」

妹は柱をなでて「じゃあ、神のほねだね」

骨。いいこと言う。骨は見えないけど、ぜんぶ支える。

 

秋、役場の窓口に、はじめて自分の名前で立った。

「あの子らのこと、知ってるでしょう。取り上げに来たんじゃない」

窓口の女性はぶ厚いファイルをめくって、「あなたのことは、いろいろ」と目を伏せる。

「わたしは、触らない。傷を消毒するとき以外は」

女性はうなずく。「それでも、世間は」

「だからわたしは神になった。世間が、神をほしがったの。責任の置き場所を、あそこに」

それ以上、彼女は何も言わず、お湯をわかして紙コップにお茶。

「寒くなります。山へ戻るなら、毛布をどうぞ」

倉庫から出てきた毛布には、廃校になった分校の刺繍。礼を言って坂を上る。毛布の重さは、町の重さ。

 

冬、子らは雪に家を建てた。

かまくらの壁に小枝で梁の線。入口には風よけの袖壁。天井に空気抜きの穴。わたしはその穴に息を吹きこみ、家じゅうの息と雪の息をまぜて遊ぶ。星が近く、焚き火は遠く、雪明かりはぜんぶ平ら。

妹がふいに雪の壁に指で書いた。

「おかあさんはいなくなってもいる」

「それ、神の定義のひとつだね」

「ていぎって、お皿のこと?」

うなずく。言葉は皿。盛りつけるのは時間。

 

春、橋をわたる足音がふえた。

赤いベストじゃない。私服のひとたち。町の父母、兄弟、祖父母。

「迎えに来ました」「やっと見つけた」「あなたがオカアサン?」

首をふる。「わたしは梁。ほんとのオカアサンとオトウサンは、あなたたち」

泣き声は雪どけ水より色が多い。よろこびと怒りが、同じ湿度で混ざる。

一人ずつ目を合わせて、「行っておいで」

「来ちゃだめ?」って妹。

笑って肩を差し出す。「帰る家をふやすのが、家の仕事」

うなずく妹。兄は深く礼。

橋は何十回も静かにわたられる。蔓はきしみ、木はたえる。橋には、わたしの体重より重い別れがとおる。

 

子がいなくなった夏、床下で古い瓶を並べ、一本ずつ名前をつけた。

「わらい」「けんか」「泣き虫」「やせ我慢」「びびり」「勇気の前段階」

瓶は空のまま、棚へ戻す。空であることが、中身。わたしは空を管理する係になった。空はふえる。神に近づくってのは、人から遠ざかることだ。

それでもときどき、橋のたもとに小さな影。

「来ちゃだめ?」

「来てもいいけど、住むのは、もうちょいあと」

影はうなずいて、包みをくれた。あけると、木の枝チャリの縄だけ。

「切れたから、新しく撚ってみた」

綿と油と夜の匂い。町の匂い。自転車の残骸に結わえ、置き場をはく。縄は雨で濡れ、乾き、また濡れる。

乾く速さで、時間はすすむ。濡れる速さで、時間はもどる。

 

秋、わたしは自分のために祠をつくった。

といっても、土間の隅に石を三つ積んだだけ。朝はそこに湯気を通す。湯気は透明、神も透明。

祠の前に座ると、ときどき、自分が人じゃない気がする。人じゃないものは、言い訳しない。

「あなたはね、山のかたちのまま生きればいい」

だれかに言われた。ふり返っても、だれもいない。言葉だけが梁のあいだからぽとり。

山のかたちってのは、尖って、ひろがって、崩れやすくて、崩れるぶんだけ積もること。崩れるぶんを、受け取る役。

 

冬が来て、また春が来て、橋のたもとに青年。

前歯がそろい、声が低くなった兄。

「先生」……ちょっと照れて、「オカアサン」

背をぽん。

「学校行ってる。梁の見方を、数学で説明されてる。遅刻しそうになると、風の匂いで雨を当てる癖が抜けない」

「抜かなくていい。癖は家の角。角はぶつけて形になる」

うなずく首の骨は、さらに強い。

「噂はまだある。でも、『神に育てられたなら、まっすぐだ』って言う人もいる」

湯を出す。湯気は神の素顔。

「妹は?」

「友だちと町で橋をかけてる。車の通らない、小さい橋」

「いい橋だ」

 

帰りぎわ、兄が古い紙を出した。

「役場から預かった。あなたに渡せって」

紙には、わたしの名前。いくつもの調査、いくつもの署名、いくつもの結論。最後に、みじかい一文。

——あなたのしたことは、罪ではないが、前例でもない。

笑った。梁が、こつ、と鳴いた。

「前例はいつも家の外。家に入れるのが、次の仕事」

うなずいて、兄は橋をわたる。縄はきしみ、木はたえる。

 

夜、祠の前で、だれにともなく言う。

「わたしは、あなたたちの神だったかもしれない。でも神は人をふやせない。家はふやせる。だからわたしは、やっぱり家をつくる」

風がうなずいた気がした。風がうなずくと、山はねむる。ねむりは正確。

薪を一束、梁の下へ。子が戻ってきたら、いつでも火が起こせるように。火は説明より早い。罪より先にある。

空の瓶をひとつ取り、新しい名。

「神の不在」

空なのに、重い。棚に戻し、手を合わせる。祈りは、空を重くする技術。空が重いと、噂は近よれない。

 

朝になれば、また梁を見上げ、刻みを読み、木目にそって鉋を走らせる。

山はゆっくり。わたしもゆっくり。

「オカアサン」

だれもいない土間に、声だけが落ちる。落ちた声は器の底でやわらかく跳ねる。

それをひとつずつ拾い上げ、天井裏に干す。干された声は乾いて、乾いた声はまた、だれかの喉で水になる。

神は不在でじゅうぶん。家は在るだけで働く。

きょうも梁に耳をあてる。木は鳴く。その波形は、もうだれの噂ともまじらない。ただの音。

音は音で、よく響く。

© 2025 破滅派 ( 2025年9月9日公開

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