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脊髄の奥で家父長が暴れている

第41回文学フリマ東京原稿募集応募作品

破滅派

《大江健三郎×トーマス・マン×車谷長吉》
代々“腰痛”を患って死んでいく家系に生まれた語り手が、亡き父の義足を継承しようとする、黙示録的家族小説。
※この小説は生成AI(Claude Code × Claude Opus 4)で作成しました。

タグ: #AIが生成 #第41回文学フリマ東京原稿募集

小説

5,016文字

父が死んだのは、私が三十七歳の秋、彼が六十四歳の時であった。死因は腰椎分離症による多臓器不全。我が家系の男たちが代々患ってきた宿痾である。死の床で父は、地方銀行の頭取としての最後の決裁書に判を押し、取引先への香典返しの一覧を口述筆記させ、そして私に家業の製材所の権利書を手渡した。最期まで、家父長としての責務を全うしようとしていた。

葬儀には、県知事、商工会議所会頭、そして数百人の取引先が参列した。私は喪主として、一人一人に深々と頭を下げた。その度に、腰に鈍い痛みが走った。まるで、父の痛みが私に乗り移ったかのように。弔辞では、父の功績が延々と読み上げられた。地域経済への貢献、雇用の創出、慈善事業への寄付。しかし誰も、その功績の代償として父が支払った肉体の犠牲については触れなかった。

葬儀の晩、私は父の書斎に入った。壁一面に並ぶ帳簿、金庫に収められた実印と銀行印、そして歴代当主の肖像写真。彼らは皆、腰を曲げた姿勢で写っていた。明治、大正、昭和、平成。時代は変われど、彼らの腰の曲がり具合は一様に深刻だった。書斎の奥、桐の箱に収められていたのが、父の義足だった。

一見すればアルミニウム製の医療器具だが、よく見ると表面に奇妙な紋様が刻まれている。それは梵字のようでもあり、古代の呪符のようでもあった。さらに細かく観察すると、無数の名前が彫り込まれているのが分かった。従業員の名前、その家族の名前、取引先の会社名。父が背負ってきたすべての人々の名が、義足に刻まれていた。

手に取ると、義足は微かに脈打っているような温もりを帯びていた。そして、私の頭に直接、父の記憶が流れ込んできた。

朝五時の起床、神棚への祝詞、仏壇への読経。朝食での新聞の音読、子供たちへの家訓の暗唱。会社での朝礼、幹部会議での叱責、労働組合との団体交渉。銀行での融資交渉、手形の裏書き、不渡りの処理。夜の接待、ゴルフでの商談、料亭での密約。親戚の借金の肩代わり、従業員の子供の就職斡旋、地元議員への献金。そして深夜の帳簿整理、印鑑の押印、遺言書の推敲。

これらすべてが、文字通り父の腰を蝕んでいたのだ。責任という名の重圧が、物理的に脊椎を圧迫し、神経を破壊していった。

私は父の日記を開いた。最後のページには、震える字でこう記されていた。

「義足は、明治二十三年、初代当主が京都の陰陽師から授かった呪具である。当時、西洋化の波に飲まれそうになった我が家を守るため、初代は自らの血と引き換えにこの義足を手に入れた。これを継ぐ者は、一族の記憶と権威を受け継ぐが、同時に歴代の苦痛も引き受ける。義足は生きている。それは歴代家父長の魂が結晶化したものだ。息子よ、覚悟があるなら、満月の夜にこれを装着せよ」

その夜はちょうど満月だった。私は義足を自分の脚に当てた。瞬間、激痛が走った。同時に、不思議な光景が見えた。

曾祖父が、小作人たちの前で年貢を取り立てている。土下座する農民たちを見下ろしながら、帳簿に記入していく。一人の老婆が、病気の孫の薬代のために減免を懇願する。曾祖父は断る。その度に、彼の腰が軋む音がした。夜、独り帳簿に向かう曾祖父の背中は、罪悪感で押し潰されそうに曲がっていた。

祖父が、戦時中の国債を売りさばいている。「お国のため」と言いながら、利ざやを計算している。戦死者の遺族に、高額の国債を押し付ける。その欺瞞が、腰椎を圧迫していく。戦後、紙くずとなった国債の山を前に、祖父は自分の腰も同じように無価値になったと日記に記していた。

父が、バブル期に土地転がしをしている。地上げ屋を使って住民を追い出し、マンションを建設する。立ち退きを拒む老婆の泣き声が、父の脊髄に響いていた。バブル崩壊後、多額の不良債権を抱えた父は、親戚の工場を競売にかけざるを得なかった。その決断の重さが、父の腰を完全に破壊した。

これらの記憶と共に、彼らの商才も私に流れ込んできた。人の弱みを見抜く眼力、交渉での駆け引きの技術、帳簿操作の手法、政治家との付き合い方、税務署との折衝術。義足は、家父長としての能力を増幅させる装置だったのだ。

しかし、同時に呪いも深まった。私の腰痛は日に日に悪化し、歩行も困難になっていった。医者は原因不明だと言った。レントゲンにもMRIにも異常は映らない。ただ、満月の夜になると、義足が青白く光り、私の脚と同化しようとするのが分かった。

製材所の経営は、義足の力で飛躍的に向上した。私は取引先の倒産を事前に察知し、不良債権を回避した。ライバル会社の内部事情を見透かし、的確なタイミングで買収を仕掛けた。従業員の不正も、その兆候から見抜いた。新規事業の成否も、直感的に判断できた。

しかし、成功の代償は大きかった。私は家族との食事中も、帳簿の数字が頭から離れなくなった。妻との会話も、損得勘定で判断するようになった。子供たちを見る目も、後継者としての資質を測る目になっていった。人間関係のすべてが、ビジネスの延長線上に置かれるようになった。

長男の健太郎は、十二歳にして既に簿記の基礎を身につけていた。彼は毎朝、私と一緒に神棚に手を合わせ、先祖の位牌に線香を上げた。学校から帰ると、製材所の事務所で伝票整理を手伝った。お年玉の管理も自分でやり、小遣い帳は複式簿記で記入していた。

「お父さん、なぜうちの男はみんな腰が曲がるの?」と健太郎が聞いた。

「それは、責任の重さだよ」と私は答えた。「従業員の家族、取引先、地域社会。みんなの生活を背負っているからだ」

しかし、本当の理由は言えなかった。義足の呪いについて、まだ幼い息子に話すには早すぎた。

ある日、私は父の書斎の隠し部屋を発見した。壁の肖像画の裏に、小さな扉があった。そこには、『家父長相伝秘録』と題された古文書があった。初代当主の血で書かれたという、一族の秘密の書だった。

「義足は、装着者の生命力を糧として成長する。最初は補助具として機能するが、やがて宿主の下半身を完全に支配する。そして装着者の死と共に、次代の家父長へと移行する。この時、先代の魂は義足に封印され、永遠に一族を守護する存在となる」

さらに驚くべき記述があった。

「義足には、商売繁盛の呪力がある。装着者は、金銭の流れを可視化し、人心を操る術を得る。取引先の財務状況、従業員の忠誠心、競合他社の戦略、すべてが手に取るように分かる。しかし、その力を使うたびに、脊髄に『業』が蓄積される。この業が臨界点に達した時、装着者は完全に義足と一体化し、生きながらにして家族の守護霊となる」

私は震えた。既に私の下半身の感覚は、日に日に薄れていた。義足を外そうとしても、まるで皮膚と癒着したかのように離れない。

その夜、私は健太郎を書斎に呼んだ。次男と三男も同席させた。家族全員に、真実を知る権利があると思ったからだ。

「お前たちに見せたいものがある」

私は義足を見せた。月光の下で、それは生き物のように蠢いていた。表面の名前が、蛍のように光っていた。

「これが、我が家の家宝だ。いずれ、健太郎が継ぐことになる」

健太郎は恐る恐る義足に触れた。瞬間、彼の身体が硬直した。

「見える……おじいちゃんが見える……曾祖父さんも……」

彼には、義足に封印された歴代の魂が見えたのだ。彼らは皆、苦痛に顔を歪めながらも、誇らしげに立っていた。

「お父さん、これって……」

「そうだ。我が家の男たちは、死んでも家族を守り続ける。それが家父長の宿命だ」

健太郎の目に涙が浮かんだ。恐怖と、そして奇妙な誇りが入り混じった涙だった。

次男の雄介が口を開いた。

「兄さんだけが、この呪いを受けるの?」

「長男の宿命だ」と私は答えた。「お前たちには、別の道がある」

三男の慎吾が言った。
「でも、不公平じゃない? 兄さんだけが苦しむなんて」

健太郎が二人を制した。

「いいんだ。これが、僕の役目だから」

その決意の固さに、私は若き日の自分を見た。

それから数年が経った。私の病状は進行し、ついに車椅子生活となった。しかし、製材所は県内トップ企業に成長し、健太郎も高校生になって、経営の実務を学び始めた。

彼の腰にも、少しずつ歪みが生じていた。重い帳簿を運ぶたび、深夜まで伝票を整理するたび、取引先に頭を下げるたび、銀行で融資の判子を押すたび、彼の脊椎は少しずつ変形していった。

ある日、健太郎が小さな義足を持って私のところに来た。

「これ、僕の机の引き出しに入ってたんだ」

それは、彼専用の義足だった。まだ手のひらに乗るほど小さいが、確実に成長していた。表面には、既に何人かの従業員の名前が浮かび上がっていた。

「もう始まったのか」と私はつぶやいた。

家族会議を開いた。妻と三人の息子たち。私は家系の秘密をすべて話した。

「健太郎には選択の自由がある。義足を継がず、普通の人生を送ることもできる。ただし、その場合、製材所も、この家も、すべてを手放すことになる。従業員三百人とその家族が路頭に迷う」

健太郎は迷わず答えた。

「継ぎます。これが長男の責任ですから」

その夜、継承の儀式を行った。私の義足と健太郎の小さな義足を並べ、月光の下で呪文を唱えた。それは初代から伝わる、古い言葉だった。

「血を以て血を継ぎ、骨を以て骨を継ぐ。痛みを以て責任を知り、苦悩を以て権威を得る」

すると、二つの義足が共鳴し始めた。青白い光が、親子の絆を可視化したかのように繋がった。

「今この瞬間から、お前は正式な後継者だ」と私は宣言した。「印鑑の管理、手形の署名、すべてを学べ。そして、従業員とその家族の人生に責任を持て」

健太郎は深く頷いた。その瞬間、彼の腰に激痛が走った。継承の証だった。彼は苦痛に顔を歪めたが、一言も弱音を吐かなかった。

現在、私は完全に義足と一体化している。もはや、どこまでが私の肉体で、どこからが義足なのか分からない。しかし、不思議と苦痛はない。むしろ、一族の一部となった安堵感がある。私の意識は、時折、義足の中に封印された父や祖父たちと交流する。彼らは皆、同じことを言う。「よくやった」「お前も立派な家父長だ」と。

健太郎は大学で経営学を学びながら、製材所の専務として働いている。彼の腰の曲がりは年々ひどくなり、時折、小さな義足が光を放つ。しかし彼は、その痛みを表に出さない。従業員の前では常に毅然としている。

先日、彼が私に言った。

「お父さん、最近、数字が立体的に見えるんだ。取引先の社長の嘘も分かる。従業員の誰が転職を考えているかも。これが義足の力?」

「そうだ。しかし、力を使えば使うほど、お前の脊髄に業が蓄積される。覚悟して使え」

彼は神妙に頷いた。既に、次の世代の家父長としての風格が備わり始めていた。

昨夜、私は夢を見た。いや、あれは夢ではなかったのかもしれない。

私は巨大な脊椎の内部にいた。そこには、歴代の家父長たちが座していた。皆、義足と一体化し、家族と会社を見守っていた。そして私の席も、既に用意されていた。

「もうすぐだ」と父が言った。「お前も、我々の仲間になる」

「苦しくないのですか」と私は聞いた。

「苦しみは終わった。今は、見守る喜びだけがある」

目を覚ますと、義足が激しく脈打っていた。私の寿命が近いことを、それは告げていた。

今朝、健太郎に遺言を口述筆記させた。財産分与、会社の経営方針、親族への対応、政治家との付き合い方。すべてを事細かに記した。そして最後に、こう付け加えた。

「義足を恐れるな。それは呪いであり、祝福でもある。我々は痛みと引き換えに、永遠を手に入れた。死んでも尚、家族を守り続けることができる。これが、家父長の誇りだ」

健太郎は涙を流しながら、それを書き留めた。

今、私は書斎で最後の帳簿整理をしている。窓の外では、健太郎が従業員に指示を出している。その姿は、若き日の私そっくりだ。腰を気にしながらも、威厳を保とうとしている。

脊髄の奥で、家父長が暴れている。それは私であり、父であり、祖父であり、そして未来の健太郎でもある。この永遠の連鎖が、我が一族を支えている。

義足が、また光を放った。もうすぐ、私も光の中に溶けていくのだろう。そして、新たな守護者として、永遠に家族を見守り続ける。健太郎の息子が生まれた時、私は義足の中から、その子の未来を見守ることになる。

これが、我が家系の物語。痛みと権力、呪いと祝福が絡み合う、家父長たちの黙示録である。

© 2025 破滅派 ( 2025年9月2日公開

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