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追憶のワッパーチーズ

藤田

一口齧ったバーガー 風に飛ばされて死んじゃった

小説

5,392文字

Uber Eatsのクーポンを利用してバーガーキングのステーキソース・ワッパーセットを注文したら一時間弱でお届けに上がりますとのことで、ブツが届くのを待つあいだにありあわせのもので副菜をつくることにした。冷蔵庫の野菜室を開けると上段にも下段にも胡瓜。それ以外の野菜の隙間を埋めるように胡瓜が押し込められている。大小合わせて十七本ある。整頓せずに押し込んだために、どれが古くて新しいのか判別できない。一本ずつ取り出して見極める。少々しなびたり柔らかくなったりしてもそれほど鮮度に問題はないが、触ってみて表面に不快なヌメヌメが生じていると腐りかけのサインだ。さいわいそこまで傷んでいるものはない。ひん曲がった胡瓜を水道水でよく洗う。瘡蓋のように茶色くなってざらついた皮をピーラーで一直線に剥くと、縦縞の模様ができて輪切りにしたときの見栄えがよくなる。皮の汚いところも除去できて一石二鳥だ。水道水で表面にへばりついた皮の屑を流す。水を切って俎板の上に置き、塩をかけて板摺りしてから五ミリ幅の輪切りにする。見ると内側にはすでに硬い種が形成されている。先の尖ったスプーンで丁寧にえぐり取ってゆく。生ゴミ入れの袋めがけてスプーンを振り、喰えない種を払い落す。端っこまで切り尽くした胡瓜をガラスの器に盛りつける。冷蔵庫からマヨネーズを取り出し、容器を握りつぶしながらアクション・ペインティング。ガスコンロの下の収納に未開封のアップルサイダーヴィネガーが二本あったことを思い出す。赤い栓を開け、計量カップを経由して蓋つきの赤い耐熱セラミック鍋に酢を注ぐ。砂糖、塩、ハチミツ、ドライベルモット、ありったけのスパイス、ハーブ類を入れ、火にかける。古そうな胡瓜を冷蔵庫から取り出し、水道水で洗い、皮と種を掃除する。沸騰したピクルス液に顔を近づけるとむせそうになる。スプーンで灰汁をとる。火を消す。太めの輪切りにした胡瓜を俎板から鍋に落とし、蓋をして放置。酢漬けにして冷蔵庫に入れておけば一ヶ月くらいは平気だろう。

不意に玄関の扉をバンバン叩く音が聞こえる。誰かがシング・シング・シングのイントロのリズムで扉を叩いている。新手のドラム教室の勧誘かと思うほどキレのあるリズムに、不覚にも感心してしまう。その一方で、老朽化した家の扉をバンバン叩かれることが迷惑でもある。インターホンは壊れていない筈だ。玄関の目立つところにインターホンは設置されている。やめろ。叩くな。おまえが太鼓の達人なのはよくわかった。もう叩くな。インターホンを押せ。それが常識も感受性もあるまともな人間の訪問の仕方ってもんだろ。そんな文句を思いつくが口にはしない。逆怨みされて放火されたらおしまいだ。誰であれ、丁重に対応して、さっさとお引き取り願おうではないか。玄関の三和土に飛び下り、クロックスを引っかけて扉を開ける。

「ほらよ旦那! 渋滞すり抜けてかっ飛ばしてきてやったんだ。ありがたく頂戴しな!」

異様にハイテンションで芝居がかったしゃべり方のその男は、ハンバーガーと飲み物の入ったヴィニール袋を、一つの貫通行動としてこちらに差し出す。全身黄色のてろてろした生地のタキシード姿で柱に手をつき、脚を4の字に交差させ、気障な立ち方をしている。孔雀の羽根飾りのついたロングブリム・ハットが目もとに陰をつくる。その場違いなパチューコ風のファッションだけで飽き足りないのか、顔全体にライムグリーンの塗料を塗りたくっている。口だけが笑っている。歯が異常にでかい。麻雀牌の白のようだ。歯列は寸分の狂いなく整っており、一目で人工歯とわかる。男はバーガーの袋をこちらの胸元に押しつけて強引に受け取らせるや、「あばよ」と、無駄にどすの利いた低い声で別れを告げ、ギャグアニメじみた全力疾走の予備動作とともに、下半身にハリケーンを纏ってそのままどこかへ消えていった。

はじめてワッパーチーズを食べたのは、宮台真司が南大沢キャンパスで暴漢に刺されたのと同じ日だった。たしかあのへんの幹線道路沿いにバーガーキングのお店があって、夕方、車で移動しているときにたまたまふらっと立ち寄ったのを憶えている。その日は仕事が立て込んでいて昼食をとり損ね、ひどく腹が減っていた。なんでもいいからさっさと胃袋にぶち込みたかった。ワッパーチーズとフレンチフライを注文し、店の中でしばらく待った。客は誰もいなかった。昼飯には遅く、晩飯には早すぎる。おまえにしてみれば、ちょうどいい時間だった。金を払ってブツを受け取り、車に戻る。運転しながら、信号待ちのたびに包装紙をつかみ、バーガーを押しつぶすように口の中に入れては周縁から喰いちぎる。空腹と苛立ちのせいもあって、とんでもなく美味いと感じた。車中は薄暗くて何を食べているのか目視することはできなかったが、しっかりと肉の味がした。BBQソースとマヨネーズが絶妙で、中に挟まれている野菜も新鮮だった。たまねぎとマスタードのマリアージュが目に沁みる。中央道に入ってからは片手運転で、無我夢中でむしゃぶりついていた。窓を開け、風を浴び、がらがらの高速道路のいちばん左の車線をゆったりしたスピードで走る。トラックに追い越されながら、「ワッパーチーズのワッパーってどういう意味か知っているか?」と、誰も乗っていない助手席に向かってご機嫌な大声で訊ねていた。その夜、帰宅して、宮台がキャンパスで刺されたニュースをテレビで見た。防犯カメラに写った犯人の姿も流されていた。

「あれは、おれじゃないのか?」

なぜか、そんな気がした。そんなわけがない。防犯カメラの男は自分とは似ても似つかぬ姿かたちをしている。だいいち、アリバイがある。宮台が襲撃されたのとほぼ同じ時刻におまえは南大沢付近のバーガーキングでワッパーチーズとフレンチフライを買っていたではないか。そのことは財布の中のレシートによって証明できる筈だ。不安になって慌てて確認する。逆さにして振ることで焦燥感を演出してみせる余裕もないほどの焦りに襲われる。レシートはどこにもない。どうしてないんだ。バーガーの紙屑といっしょに捨てたのかもしれない。

「こいつはえらいことになったぞ。よりにもよってあの宮台をやっちまうなんて。チクショウ。もうおしまいだ。もうじきここにもサツがくる!」

「落ち着けよ」部屋の中をせわしなく行き来するおれに向かって自制を促す。おれはソファのひじ掛けに手をだらんとさせ、外資系のエグゼクティヴのように優雅に脚を組んで座っていた。「防犯カメラの映像を見ただろ? あのニット帽のセルピコ野郎がおまえだなんて誰も思わねえよ。そう思っているのはおまえだけさ」

「黙れ!」

他人事のような悠然たる態度に腹を立て、おれは突発的に大声で怒鳴った。おれはうるさそうに手を振りながら立ち上がり、おれから距離を置くべく部屋の隅に移動し、腕組みして壁にもたれた。

「だいたいおまえがレシートをなくしたりしなければこんなことにはならなかったんだ。ワッパーがどういう意味か知っているかなんて無駄口叩きやがって。ああ知ってるとも。パクられりゃ嫌でも見ることになるからな!」

「おれを責めるなよ」

「クソンダラッ! どうすりゃいいんだ。このままじゃブタ箱だ。もうあんな法務省管轄の公然リンチ施設はまっぴらだ。なあ、おい、おめえそんなところにぼうっと突っ立ってのんびりかまえてねえでよ、とっととこっからズラかったほうがいいんじゃねえか? おれたちゃこんなところでのんびり油を売ってるわけにゃいかねえんだ。ああそうとも。こうしちゃいらんねえ。とっととこっからズラかるんだ」

「バカ言え。いまここを出てどこへ行こうってんだ。行くとこなんざありゃしねえよ」

「もうじきここにサツがくるんだぞ!」

おれは気のない相槌を入れながら移動する。右手に丸めた文庫本を旋毛の少し下のあたりに突きつける。反射的に振り返ろうとするおれを制し、円筒状の本を強く押しつける。おれはそれをピストルの銃口と勘違いして自発的にホールドアップしてフリーズする。自分が勘違いしていることを知らないほうのおれに対し、ズボンと下着を下ろすように命じる。おれは一瞬躊躇ったが、頭を本で小突かれながら怒鳴られると、渋々ベルトをゆるめはじめる。時間稼ぎでもしているつもりなのか、ゆっくりとズボンを下ろしているおれをしつこく急かす。肛門を指で開いてこちらに向けるように急き立てる。おれは本を持ったまま、反対の手で怒張した性器を露出する。そのまま肛門を貫くと、僅かにうめき声がもれる。本を投げ捨て、頭を壁に押しつけるが、おれにはもうほとんど抵抗する様子が見られなかった。ゆったりとした抽送が次第に速くなるにつれ、糞にまみれた性器が腸液と混ざって不快な臭いを発する。おれは背中にしがみつきながら絶頂に達し、直腸内に精液をぶちまける。射精の脈がつづいている最中、部屋の窓を叩き割って突入してきたのは十一人の警官隊だった。おれと繋がったままのおれをあっという間に包囲した。逮捕状を持った指揮官らしき刑事が遅れてやってくる。目の前のソドミーに度肝を抜かれるが、驚いたのはお互いさまだった。刑事は一瞬で気をとり直し、逮捕要件を大学教授への殺人未遂容疑から鶏姦罪の現行犯に切り替え、二人まとめて逮捕するよう部下に命じた。警官たちはまったく暴れていないおれに向かって、暴れるなと偉そうに怒鳴っては、腰にぶら下げた警棒をじゃきっと伸ばし、鼻っ面を容赦なくぶちのめした。倒れたところを数人がかりでのしかかるように抑え込み、ズボンと下着をまとめて毟り取った。警官の一人が捕り物の際に落とした帽子を床から静かに拾い上げ、頭にねじ込むように深くかぶり直した。そして強姦のつづきをはじめた。おれが悲鳴をあげて抵抗しようとすると、官給のピストルをおれの額に押しあてた。リボルバーの撃鉄を起こし、騒ぐと撃つぞと脅した。指揮官らしき刑事はタバコに火をつけ、濛々たる煙越しにその様子をただ眺めていた。腸液と糞がこねまわされた最低な悪臭がたちこめる。制服を着た警官たちは、あたかもそれが公務の一環であるかのように、しかつめらしい顔つきで性器を露出し、自分の順番がまわってくるのを待っていた。おれはすぐ隣にいるおれを見た。その他の警官らに取り押さえられ、ピストルを頭に突きつけられ、床の上で仰向けにされて強姦されていた。顔の上に馬乗りになられ、持て余した陰茎を口の中に強引に押し込まれていた。窒息して咳き込む。その目には涙が浮かんでおり、やがてこめかみのほうへ流れていった。興奮した警官はさらに深く咥えさせた。おれの目は徐々に生気を失っていった。そして、見ず知らずの警察官の陰茎を口に含んだままいつの間にか事切れていた。死してなお警官たちはおれの身体を犯しつづけた。

胡瓜の乗ったガラス皿とヴィニール袋を持って、階段を一段飛ばしで上がり、自室に入る。二重になった襖をぴったり閉め、扇風機をまわし、クーラーをつける。設定温度を下げると風の吹き出し口から得体の知れない水が滴ってくるので、いちばん高い温度にして使っている。いつものキャスター付きの椅子に尻を下ろし、ステレオをオン。川本真琴がピアノを弾きながら歌いだす。ヴィニール袋にはハンバーガーの入った紙袋と、アイスレモンティーが別々に入れられている。結露でバーガーの袋が濡れないように、レモンティーの紙コップは二重に袋に入れられている。逆さにしてもこぼれないように口のところはフィルムで密閉されている。ストローを突き刺して飲むタイプのようだが、蓋を引き剥がして飲むことにした。敷き詰められたクラッシュドアイスが邪魔で飲みにくい。氷が口唇に触れて冷たい。液体が減れば減るほど、紙コップを傾けて飲まなければならず、氷が口の端をかすめてこぼれ落ちることになる。太丸ゴシックで書かれたBURGER KINGの赤い文字がバンズに挟まれている。紙袋からバーガーを取り出し、中身が転がり落ちないように軽く抑えたまま包装紙を剥がす。一口齧って、ゆっくりと、あるいは一瞬にして、長い夢から覚めていった。期待したものとは似ても似つかぬシロモノだったが、空腹を満たすための食事にはなり得るので無言で食べつづける。一口大に切られたステーキのかけらがごろごろしている。不味いものではない。あるいはワッパーチーズを頼んでおけばよかったと後悔しているのかもしれない。水くさいトマト。食べているうちに液体が包装紙の隅に溜まってくる。手を汚さないように気をつけながら、すでに崩れかけたハンバーガーに無理やり喰らいつく。口のまわりをナプキンで拭い、アイスレモンティーをごくごく飲む。純粋に茶葉から抽出された香りというより、人工的にベルガモットの香料を足された感じが否めない。冷たい香水を飲んでいるようだ。しなびたフレンチフライを頬張る。オニオンリングと同じ油で揚げているのか、たまねぎの味がする。何本か食べてそっと紙袋を丸めて閉じる。冷たい紅茶を一気にあおる。紙コップの中の氷が崩れて畳の上にぼたぼた転がり落ちる。拾いあつめて窓から投げ捨てる。熱くなった屋根瓦の上に放り出された氷の礫は、音もなく融解し、瞬く間に消え失せた。

© 2025 藤田 ( 2025年8月19日公開

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