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madsommar

藤田

オールドメディアに爆発したパラノイアがキンキンに冷えた素麺をかっ喰らう

小説

3,339文字

テレビが天気予報を流している。マヌケ面さげた気象予報士のブタケツ野郎が、わざわざ炎天下の屋外に出ては暑さの具合をリポートしている。それを受けたスタジオの薄らバカどもがわざとらしく連日の猛暑に言及し、くれぐれも熱中症にはご注意くださいなどと、クーラーの効いた煌びやかな空間で恩着せがましくほざいている。そして話題は大谷。

「ぶち殺すぞクソが」

千切りを中断し、シリコンの俎板に包丁を叩きつける。ステンレスの刀身にへばりついていた胡瓜の屑が瑞々しく飛び散る。

「暑い暑いってテメエの主観だろ。こっちは暑くもなんともねえんだよ。下等な変温動物どもが。レプティリアンかよ。毎日々々ふざけたネクタイしやがって。おいテメエなんだそのネクタイは。下世話なワイドショー司会者の分際で偉そうにネクタイなんかしてんじゃねえよ。ぶち殺すぞ。テメエが暑いなら原爆で焼かれた人はどうなんだよ。何が暑すぎて溶けてしまいそうですだ。被団協の前で同じこと言えんのか。能天気にキラキラキラキラ浮かれ騒ぎやがって。女子高のお昼休みじゃねえんだぞバカヤロー。いっぺんガザ行って死んでこい」

できることなら液晶画面に拳をめり込ませ、あの忌々しい総合司会者のネクタイをつかんでこちら側に引きずり込み、千枚通しで眼球をえぐり取ってやりたい。相変わらず腑抜けたボンクラどもは大谷のホームランを大絶賛している。反吐が出そうなおべんちゃらを並べている。朝鮮中央テレビ未満のクソッタレ放送をリモコンで消す。畳の部屋の座布団に叩きつけると、蓋が外れ、単四電池が二本とも飛び出す。ワイドショーへの怒りは永遠に収まらない。頭の中で怒りの気泡がぶくぶく膨らみ、それが脳味噌を圧迫していまにも破裂しそうだ。

キッチンに戻り、呼吸を整える。水道水で手を洗い、タオルで拭く。切りかけの胡瓜を切り尽くす。透き通るほど薄く、糸のように細く切る。激昂のあまりキッチンタイマーが鳴っていたことに気づかない。茹でた素麵を笊に移す。湯気でメガネがくもる。右翼じみたツーブリッジのメガネ。いっぺんに熱湯を流したために、シンクが不満の声をもらす。擬人化はたくさんだ。湯を切ったら再度鍋に戻し、水道水でじゃぶじゃぶ洗う。蛇口のハンドルを青いゾーンに合わせても水はぬるい。赤に合わせると冷たい水が出てくるが、しばらくするとまたぬるくなる。三回繰り返し、鍋に素麺を入れたまま少量の水を加える。そこに製氷トレーでこしらえた氷をしこたま入れてかき混ぜ、しばらく放置する。ガラスの小鉢に氷を敷き詰め、四倍濃縮のめんつゆを原液でどばどば入れる。黒い。冷たい。皮をむいてすりおろしておいた土生姜を浮かべる。鍋の素麺を氷ごと笊でこし、ガラスの素麺鉢に空ける。千切りにした胡瓜と、朝早く採って水洗いして冷蔵庫で冷やしておいたミニトマトを添える。朽ちかけた箸を素麺の山に突き刺す。クリスタル・ガラスのコップに水をなみなみと注ぐ。両手でお盆を持って、二階に上がる。

ステレオの電源を入れ、ミシェル・カミロのラテン音楽を流す。ブロンズの風鈴が鳴る。網障子を通る風が、簾を宝船の帆のように膨らませる。扇風機をまわす。Tシャツの袖をたくし上げる。めんつゆに浸けた素麺をずるずると啜る。氷だけで薄めているので最初のうちは味が濃い。素麺を冷やすための氷をケチらなかったおかげで隅々まで冷たい。

「しょうがの味は熱い」

誰かに念押しするような大声でひとりごちる。煮麺やカレー南蛮と違って一気に食べてもそこまで汗は出ない。平らげるのに十五分は要さないが、同性の平均より食べるのが遅いらしい。そのせいで仕事を馘首になったのだと誰からともなく言われるが、本人の中ではかなり早く食べているつもりだ。氷を口に含み、噛み砕く。閃光のように奥歯が疼く。眉を顰め、頬に手をあてる。コップの水を一気に飲む。

両手でお盆を持って一階に降りる。スポンジに洗剤を垂らし、何度か握っていると泡が立つ。素麺鉢を洗い、箸を洗う。水道水で泡を流す。ガラスを滑り落ちる水は磨き上げられた水晶のようによく輝いている。手を洗い、タオルで拭く。

サンダルを履いて庭に出ると、十平米に満たない歪なかたちの家庭菜園がある。胡瓜が二株植えてあり、黄色い花が咲いている。その花弁の付け根に未熟な細長い実がある。地中に突き刺した数本のイボ竹をナイロンの紐で結び、そこに親弦を這わせてある。放置して伸びすぎた子弦や孫弦は地面に張りつている。どの弦が何節目から生えているのか、もうわからない。下のほうは鬱蒼としている。葉をかきわけると、カーブした胡瓜の実が姿を見せる。剪定鋏で切り離す。だいたい四十から五十センチくらいある。十号プランターで育てている胡瓜は三十センチ以上にはならない。その代わり中身が詰まっており、概ね真っすぐ育つ。ほかにも大きくなりかけている胡瓜が何本かある。一晩放っておいただけで信じられないほど大きくなるので、さっさと収穫してしまう。キッチンに戻り、水道水で洗う。表面の棘と土を落とす。笊に開け、日陰で乾かす。

ステンレスの薬缶で湯を沸かす。ガスコンロの青い火が手に熱い。マグカップにインスタントの粉を入れる。注ぎ口から吹き出そうなほど沸騰している湯をゆっくりと慎重に注ぎ、スプーンでかき混ぜる。冷凍庫からチョコクッキー味のカップアイスを取り出す。外資系のスーパーで買い込んだシロモノだ。安定剤や乳化剤がしこたま入っている。冷凍室の棚を足で押し戻す。何かが支えて閉まらないが、気にせず強引に押し込む。

卵、牛乳、生クリーム、グラニュー糖があればアイスは簡単に自作できる。まとめて大量につくれば圧倒的に安くつく。ラム酒やリキュールなど自分好みの酒を少量加えれば、市販のものより美味しく仕上がる。デコレーション・ケーキをつくるときの慎重さや丁寧さは要求されない。工程も少ない。誰でも簡単につくれる。市販のアイスを買うのがバカらしくなる。

二階に上がり、自室の椅子に尻を下ろす。パソコンのスリープを解除し、配信サイトで映画を再生する。夜のシーンになると画面が暗すぎてほとんど見えない。映像そのものが暗いのかもしれない。窓を閉め、障子を閉める。サブ・ディスプレイの表面に溜まった埃を乾いたダスターで拭き取る。オーディオ・インターフェイス経由で接続されたステレオ・アンプのボリューム・ノブをぐるりと右にまわす。ドット・マトリクスLEDが45を示す。50Wのスピーカーが割れない大きさだ。イコライザーはトレブルとベースしかない。すべてフルテンまで上げる。スーパー・ダイナミック・ベースをオンにする。キーボードのスペースキーを押す。

「苔の生すまでコケにされて死んでろ」

卒業式の国歌斉唱の際にそう叫び、教員たちによって式典会場からつまみ出された同級生のことをふと思い出す。大人たちに羽交い締めにされながら、コケーコッコケーッと屠られる鶏の鳴き真似をしていたあいつはその後いったいどうなったのか。いまごろ国家反逆罪でどこかに収監されている可能性すらある。昼時のワイドショーに発狂して罵詈雑言を浴びせている失業者と、あの天皇制粉砕野郎とのあいだに、いったいどれほどの差があるのだろうか。

カップアイスの蓋を外す。内側にフィルムが貼ってある。そこに書かれた文言を読む。あなたはどのように食べますか。普段の食べ方に最も近いものを以下の図像から選んでください。文言の下には数種類の絵と二次元コード。自分に当てはまるアイスの食べ方で性格がわかるらしい。つまりはアイスクリームのかたまりをどのように掘り進めてゆくかによって、その人間の性格を推し量ることができると考えているらしい。

「どうせ誰にでも少なからず当てはまるようなことを、それとバレないように書いてあるだけだろう」

騙されてなるものかという無意味な気概を独り言に乗せ、モザイク状の二次元コードを画角の中心に合わせる。企業のサイトに飛ぶ筈だが何も起こらない。蟹の目玉のような黒い球体がずっとぐるぐるまわっている。枕元の緑色のランプは点灯している。六畳の部屋。扇型のマークも塗りつぶされている。それなのに、いつまでたっても暗いままだ。

© 2025 藤田 ( 2025年7月28日公開

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