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時、あるいは時間

REFLECTION(第6話)

加藤那奈

タッタッタッタッ、と、足音に合わせて呼吸を整える。
ハッハッハッハッ、と、口から息を吐く。
景色が変われば、人も変わる。
時間が違えば別人だ。もちろんそれは私も同様。
(2025年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

21,148文字

VI

 

三度、四度、五度。その邂逅が度重なれば、もはや偶然とは言い難い。必然などとは言わないけれど、何かしら運命的なものをささやかに感じるくらいはいいのではないか。

見かけるたびに彼女の姿が私の記憶に少しずつ上書きされて、次第にはっきりとした像を結んでいった。たいていハーフパンツとTシャツにパーカーを羽織っている。たぶん中学生、2年生くらいだろうか。姿勢のいい走り方だと思った。走っている割りに体つきは細く、どこか弱々しいと感じた。顔は幼いが、真っ直ぐ前を見ているその瞳は、子供らしからぬ憂いを帯びているようだった。顎にかかった髪は黒く前髪をばさばさと揺らしながら走っている。それが彼女を見かけてまだ間もない頃の印象だ。あれから2年、あるいは3年。普通に考えれば、中学生だった少女は高校生になっているはずだ。身長も少しは伸びているかもしれない。体つきにも変化があるはずなのだが、たびたび見かけている所為で私がその変化に気づけないのだろうか、今も彼女の印象は変わらない。

日付を記録していたわけではないので、おそらくなのだが、だいたい一週間から十日ほどに一度、走っている彼女を見かけていた。月に三度としても1年で36回、2年で72回の計算だ。もしも3年経っているなら私は100回以上は彼女を目にしているのだろう。

彼女を見かけるのは決まって早朝だったが、その場所はまちまちだった。

私はその日の思いつきで散歩する。朝早く出掛けることもあれば、街の活動が始まる頃にやっと起きて出ることもある。以前のように毎日決まった時間に決まった場所へ出掛けて仕事をしているわけではない。自分のテリトリーでそれなりに仕事しながら、適当に毎日を過ごす。ただ、朝歩くことだけがたったひとつのルールだった。もっともそのルールさえ絶対に守るべきなどとは考えていない。天気が悪ければ止める。どうしても乗り気になれなければ家からは出ない。そんな緩い決め事だからこそ、だろうか。破ることすら意味がなく、1年の内で朝の散歩をしなかった日は、数えるほどしかない。

一見変わらぬ街の景色を眺め、どこからか聞こえる音に耳を澄まし、考えごとをしたりしなかったり、角に立つたび、歩む先を決め、ときには界隈をただ周回していることもあれば、ひたすら真っ直ぐに行き着くところまで行くこともある。帰り道のことはあまり考えない。ずいぶん遠くまで歩き、見つけた喫茶店でコーヒーを啜りながら、携帯している手帖を開いて、仕事めいたことをすることもある。たどり着いた先から、再び歩いて帰ることもあれば、バスやタクシーを使うこともある。前日と同じ道筋になるのを私は嫌っていた。できるだけ、毎日違う場所を歩きたいと思っていた。何事も習慣になりすぎてはいけない。あくまでもなんとなく、だから、これはルールではない。
早朝の散歩で、件の少女を見かける確率は高かった。しかし、まるで方角違いの場所で見かけることもあった。私の無秩序な歩き方も一因だけれど、同じ場所で彼女を見かけることはほとんどなかった。それがたとえば100回。

この邂逅に何か意味を見つけたくなるのは、仕方のないことだ。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年4月18日公開

作品集『REFLECTION』最終話 (全6話)

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