メニュー

時、あるいは時間

REFLECTION(第6話)

加藤那奈

タッタッタッタッ、と、足音に合わせて呼吸を整える。
ハッハッハッハッ、と、口から息を吐く。
景色が変われば、人も変わる。
時間が違えば別人だ。もちろんそれは私も同様。
(2025年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

21,148文字

IV

 

ランニングシューズ、買っちゃったから。

そう答えることにしていた。

早朝に走っているとたまにクラスメイトに目撃される。運動部でもなく、学校の外でスポーツをしているようにも見えないし、実際していない私が走っていることが不思議なのだろう。私にも不思議なのだから当然だ。みんなその理由を知りたがる。理由なんてない、私自身もよくわからない、などとは答えにくい。なんとなく、ではかえって何かを隠しているみたいだ。かといって、健康のためだとかダイエットしてるんだとか、そのほうがみんな納得するかもしれないけれど、そんな嘘はなまじ私を知ってる相手に必ず嘘っぽく、余計におかしな憶測を誘う種になる。だから私は、笑いながら靴の所為にする。

可愛いかったから買ったの。でも、ランニングシューズでしょ。走ってあげなきゃ。
誰も本気にしないだろうし、どうしたって隠しごとをしているように思われるのなら、冗談半分前向きにはぐらかす。半分だけ嘘だけれど、半分は本当だ。
最初は普段履いている普通のスニーカーだった。私が早朝走っていることに気づいた母が、走る理由も問わず、走るならそれなりの靴を使いなさいと私を店に連れて行った。
ただの気まぐれだよ。いつ止めるか、わからないよ。

いいわよ。

初めて走るための靴があることを意識した。つま先が反り上がり、靴底は少し分厚い。知ってはいたけど、欲しいと思ったこともない。だから、店先に並んでいるのを見かけても、一瞥する程度だった。

好きなのを選びなさい。

いつも買っているようなスニーカーよりもずいぶん高くて、母の顔色をうかがったけれど、そんなことは気にしなくていいと言われた。だから、なんとなく女の子らしいデザインの、ピンクのラインの入ったランニングシューズを選んだ。

明日から、走らないかもよ。

それならそれでかまわないわ。

母が見透かしたように笑っていた。

私は少し嬉しかった。新しい靴を買ってもらったからではない。走るための理由を与えられた気がしたからだ。だから、クラスメイトにも半分は嘘をついていない。

翌日から新しい靴で走る。走るために作られた靴は、私を走ることから解放した。走らなくなったわけではない。脚が勝手に前に出る。地面の固さを感じない。走っているのがあたかも私の意志ではないようにさえ感じた。もしもタイムを計っていれば、少しばかりは早くなったに違いない。私は、走っていることをあまり意識しなくなった。ピンクの靴は私の惰性を援護して、走ろうと思った本当の理由――それがあれば、だが――から私をいっそう遠ざけた。私はとても気分が良かった。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年4月18日公開

作品集『REFLECTION』最終話 (全6話)

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

この作者の他の作品

「時、あるいは時間」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"時、あるいは時間"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る