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時、あるいは時間

REFLECTION(第6話)

加藤那奈

タッタッタッタッ、と、足音に合わせて呼吸を整える。
ハッハッハッハッ、と、口から息を吐く。
景色が変われば、人も変わる。
時間が違えば別人だ。もちろんそれは私も同様。
(2025年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

21,148文字

XVIII

 

起床して、あるいは、仕事の合間に私は歩く。散歩、散策、逍遥……どんな呼び方でもいい。健康のため、とか、気分転換、あるいは思索のため、などといえば前向きだが、現実的な心理を晒せばもっとネガティブだ。逃避に近い、と、自分自身で見積もっている。自分をサンプルにしては誤りかもしれないが、人は基本ネガティブではないかと思う。どんな言葉で、ポジティブを振る舞ったとしても、所詮裏返しでしかない。表であろうと裏であろうと本質は同じだ。所詮気持ちの問題だ。もちろん前向きになることを否定はしないし、きっとそれは良いことなのかもしれないが、ときにそれは思考停止を誘う。いや、思考停止が前向きへと導くのか。それも悪くはないのかもしれない。あくまで自覚があれば、だが。ただし、私の経験上でしかないけれど、自覚ある思考停止は割とストレスだ。

必要なのは、前とか後ろとか、そんな気持ちの向きではない。今より先に少しでも進めるなら、どっちを向いていたっていい。

私はいつも後ろ向きだ。逃避こそが、行動原理といっても差し支えない。

逃げる。逃げる。逃げる。そして、それを決して肯定しない。

逃げたいものからは、どんなに苦しい思いをしても、全力で逃げる。

君の姿を見かけると、君の走り去る背中を見送っていると、同じ匂いを感じるんだ。

勝手な妄想だね。君が知ったら厭な顔されるに違いないね。大丈夫だよ。君に何も押しつけたりしない。これは私の問題だ。私の過剰な想像が紡ぎ出した私の物語の一節に過ぎないんだからね。誰も自分の物語から出ることは出来ないし、誰も誰かの物語に干渉できない。他人の所為、などというものは何ひとつないんだからね。すべては自らが招き寄せた寓話なのだ。だから、君は君の物語を一行一行進めてゆけばいい。君がどんな物語を紡いでいるのか興味はあるが、残念ながら他人の物語は読むことの出来ない道理だ。

私が感じている世界の広がりも流れる時間の早さもきっと君とは違うんだ。君とだけではない。ひとりひとりが自分の世界しか持っていないし、自分の時間しか知ることはない。誰と会話していても、本当は何ひとつ通じてないし、相互の理解などこれっぽっちも期待できない。絶対的に不可能なのだから。だだ、理解したつもりになって、理解された気分になって、少しばかり安心できるし、共に生きていることを実感する。だが、冷静になって考えるなら、誰かの理解なんて確認することなど出来ないし、証明する根拠もない。だから、すべては幻想で、妄想で、虚構の内に成立しているにすぎないのだ。ひとりひとりの虚構の重なりが、数十億の脳みそに描かれる想像の総体がこの世界なのだからね。

それでも私は君に偶然以上の何かを求めてしまうのだよ。いや、だからこそ、だね。

私があちらこちらで見かける君など、ただの幻覚で、あるいは、ただの勘違いで、ひとりの君など、あちらこちらを走る君など実在しないのだろう。それがおそらく正解だ。仮に君がたったひとりの同一人物だったとしても、それはやはり同じではない。景色が変われば、人も変わる。時間が違えば別人だ。もちろんそれは私も同様。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年4月18日公開

作品集『REFLECTION』最終話 (全6話)

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