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時、あるいは時間

REFLECTION(第6話)

加藤那奈

タッタッタッタッ、と、足音に合わせて呼吸を整える。
ハッハッハッハッ、と、口から息を吐く。
景色が変われば、人も変わる。
時間が違えば別人だ。もちろんそれは私も同様。
(2025年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

21,148文字

XVI

 

ここは右に。

次は左に。

私は地図を使うのが苦手だ。実際の風景と平たい図が一致しない。頭の中ではわかっているし、地図が読めないというわけじゃない。地図を手がかりに目的地を見つけることは出来るけど、その場所はいつも嘘めいて、空々しく感じてしまう。地図なんてただの道具でしかないのに。

だけど、地図は好き。眺めているうちに、その中に入っていく。記された線や記号や色彩と戯れる。町の名前、交差点の名前、ランドマークの建物や施設を斜めに見ながら、私は地図の中を走り出す。意識だけが私の身体から切り離されて、地図の上を滑り出す。描かれた道筋を、まるでそこが現実であるかのように辿りながら、当て処もなく走る。

ここは真っ直ぐ。

ここは、行き止まり。

地図の上だから建物だって飛び越えていけるのだけど、なぜだかそうしてはいけない気がする。それに、試したことはないけれど、きっと出来ないんじゃないかと思う。いや、出来ない方がいいと私が望んでいるだけか。もしも建物を通り抜けてしまったら、地図の意味を壊してしまう。ただ、そんな気がするだけで、私は記された道だけをたどる。それがルールだ。私を平たい図表の中で思う存分走らせるためのルール。自分が勝手に決めた制限事項。くだらない制約だと自分ながら思う。現実の建物が通り抜けできないから、なんて安易な理由ではないと、自分では信じている。でも、地図の上にも現実が干渉してしまう。これは、私の想像力のつたなさだ。道具としての地図には違和感を覚えている。地図で示された場所の前で虚ろに思う。なのに、私は平面に印刷されたインクの図形に現実を持ち込んでしまう。

この先は右に。

次の角ももう一度右に。

地図の中では時間も距離も圧縮される。息をきらし、そんなに大きくもないストライドでせこせこ走っているのに、俯瞰した眼に映るのは、瞬く間にに10キロ、20キロと駆け抜ける私だ。重なることのないこっちの時間とあっちの時間の狭間で、私は今日を振り返り、明日を予見する。

行ってきます。

私はいつものように早朝の街に出る。薄くかかった朝靄に私は私の居場所を見失う。

タッタッタッタッ、と、足音に合わせて呼吸を整える。

ハッハッハッハッ、と、口から息を吐く。

そうか。それでも私はいつも通りだ。私はとっくに自分自身を見失っていた。ここが地図の中でも、現実の世界でも、きっと私はここにはいない。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年4月18日公開

作品集『REFLECTION』最終話 (全6話)

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