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時、あるいは時間

REFLECTION(第6話)

加藤那奈

タッタッタッタッ、と、足音に合わせて呼吸を整える。
ハッハッハッハッ、と、口から息を吐く。
景色が変われば、人も変わる。
時間が違えば別人だ。もちろんそれは私も同様。
(2025年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

21,148文字

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お母さんは、私の何を知ってるの?

お母さんは、私の何がわかってるっていうの?

お母さんは何も言わない。黙って私を見ている。余計な干渉もしないけど、知らんぷりもしない。ちょっと不気味。ちょっと怖い。ううん、怖くはないけど、見透かされてるいようで気持ち悪い。だから逃げ出したくなる。お母さんのこと嫌ってるわけじゃない。好きだけど、でも、逃げちゃいたいって。

ときどきね、私をじっと見ていても、お母さんの瞳には別の何かが映ってるんじゃないかって思うことがある。私の向こう側を眺めてる。私の向こう側、って、どこ? 私にも見えるかな、向こう側。

私は向こう側を見ようとして走っているのかな。

走り始めた最初の日のことを私は覚えていない。

忘れてしまった、のかな。そういうのとはちょっと違う。まるで記憶にない。気が付いた時には、走ってた。あれ、私、いつから走ってるんだっけ……ある朝、いつものように走り出して、呼吸と足音を整えて、走ることから意識が離れた時、何も考えない頭の中を雑然とした記憶の断片が開いては閉じる。その隙間をくぐってそんな疑問が一瞬浮かび上がる。昨日はじめたばかりのような気もした。もう1ヶ月続けているような気もした。2年、あるいはもっと続けているかもしれない。まだ1週間しか経っていないかもしれない。走っていると時間や季節の感覚が狂ってしまう。今日が何月何日かよくわからなくなる。大切なことを忘れてしまっているような、もどかしさに包まれる。そんな瞬間が、いつもではないけれど、走っている時、たびたび訪れる。

朝起きて、準備をして、靴を履くまではそんなことはない、と思うのだけれど。

そういう時には、靴を見る。ピンクの靴。靴の汚れ具合でどれほど走り込んでるかわかりそうに思うから。それも気休めに過ぎないとはわかっているけれど、この靴を買った日のことは覚えているから。ああ、でも、そう、なのかな。この靴を買ってもらうまでは別のスニーカーを履いていた、はず。このピンクのランニングシューズだって、傷んだり、サイズが合わなくなって買い換えているかもしれない。いろんなことがわからなくなる。思い出せなくなる。

でも、そんなこと、どうでもいいの。

だから、とにかく走る。走る。走る。

汗が下着を湿らせてゆく。身体が芯から熱くなってゆく。

自分のことは、自分自身が一番わからない。みんなもきっと同じだと思う。心の中に抱えるもやもやの正体を、悲しいとか、苦しいとか、不安とか、恐怖とか、わかりやすい感情に置き換えてしまえば簡単で、感情の中心に自分自身を見つけたようで安心するけど、きっとそれは本当じゃない。たぶん。たぶん、だけど。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年4月18日公開

作品集『REFLECTION』最終話 (全6話)

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