黒いワンピース

REFLECTION(第2話)

加藤那奈

小説

20,056文字

少女と母と猫、そして祖父と人形。
(2023年)

VI

 

ボクはあちらこちらと気まぐれに歩き回る。しばらく歩いて、しばらく留まり、また、歩き、留まる。はっきりとした目的があるわけではない。今日はこっち、今日はあっち、と、勝手気ままに道を辿り、歩きながら街を眺め、留まっては往来を見渡す。

時間や距離は気にしない。

長い時間、ただただ歩いている時もあれば、ずっと同じ場所に座っていることもある。時計、というものを持っていないから、時間の概念そのものがないんだ。そもそも時間なんてみんなそれぞれで、共有なんて出来ないんだよ。ボクにとっての“長い時間”が君にとっても同じだけの長さとは限らないだろ。適当なものさ。

毎日毎日あてどもなくほっつき歩いていると、ときどき捜し物をしている気分になるし、実際そうなのかもしれない。

それが人なのか他の生き物なのかモノなのか、場所なのか。たぶん、探し当てるまで、きっとボクにもわからない。だけど、見つけたらわかるんだ。ああ、これこれってね。そしていろんなことが解き明かされる……なんてね。妄想だよ、妄想。

人通りの多い場所を歩いていると、あちこちでぶつかりそうになる。ボクは巧みにかわしながら、その隙間をかいくぐるように進んで行くんだ。みんなもそうしているんだろ。お互いの身体がぶつからないように、時にはダンスみたいに身を翻し、拳ひとつほども入らない隙間を残してお互いをかわしあいながら入り組んだ流れの中に身を投じている。複雑なパズルを解くみたいに移動するんだ。

進んでそんな場に進んで行きたいとは思わない。だけど街中は、角をひとつ曲がっただけで洪水のような通りもある。いたしかたなく流れに身を任せることもあれば、抗いながら横切ることもある。たいていとっても疲れるけれど、どこか楽しく感じているときもある。だって、遊園地のアトラクションみたいじゃないかい。あるいは風変わりなスポーツだ……なんてね。そうとでも思わないと入っていけないだろ。たぶんこれはボク流の自己暗示かな。

あるとき、思ったんだ――ボクは身体も大きくないし、そんなに目立つ方じゃない。人混みに抗ったところでボクの存在なんて誰も気にしていないし、気づかない。存在感の薄いのは悪いことじゃないから、それはそれでいいんだけれど、もしかすると、ボクの存在そのものが周りのみんなに認識されていないんじゃないかって。ちょっとぶつかったところで誰もボクに気がついていない? 気配さえ感じていない?

なんでそんな風に思ったのかといえば、ボクがそうだったから。視覚や聴覚、あらゆる五感を駆使して人混みに身を投じていたけれど、その情景がふと虚ろに見えたんだ。仮想空間に紛れ込んだような感じかな。お互いが干渉しているようだけど、物理的には干渉していない。例えぶつかったとしても、ただそう感じる仕組みになっているだけで、現実の存在とは無関係。そう。世界がちょっズレている。

2025年1月8日公開

作品集『REFLECTION』最新話 (全2話)

© 2025 加藤那奈

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