V
彼は人形の愛好家ではない。
彼の目は、人形達を愛でたりはしない。未知の文字で書き記された暗号を読み解くように彼女たちの表情やその衣装をつぶさに見つめる。彼の指は、恋人の愛撫ではなく医師の触診のように彼女たちの体を確かめる。
この子たち、彼女たち、と、彼は蒐集した人形をあたかも人のように呼ぶ。しかし、だからといって、人形達に魂や人格などがあるなどとは思ってはいない。元は土塊なり、鉱物由来の合成樹脂であり、それをどんなに人型を真似て造作したところで、生命が宿るわけではない。仮に息吹を感じたところでそんなものはすべて作り出した人の側の妄想に過ぎない。人は気づかぬうちに虚構を紡ぐ動物だ。現実を自分勝手な虚構に包んで自らの尺度に合わせる。少女達にとっての人形は、物語を描くための道具に過ぎない。どんなにつぶらな瞳で見つめられようと、それはただの顔料にすぎず、彼の心は動かない。
ならば、どうして……ではなく、だからこそ、なのだ。
だからこそ、命のないものに感情移入する者たちを冷ややかに観察した。まだ、犬や猫などの動物を子供の様に可愛がる気持ちは察することができる。植物に語りかけ愛情を込めて育てる気持ちもなんとかわからないではない。私たちは生命を慈しむ。しかし、どんなに姿が人に似ていようと命のない物にどうして感情を重ね合わせることが出来るのだろう。彼は理解できなかった。
とりわけ少女達と玩具人形の関係は興味深かった。親類や友人達の子供の遊ぶ様子を見かければ、それとなく注意をしていた。街で人形を手にする子を見かければ、注目をした。彼女たちは、人形をときに友達とし、ときに子供に見立て、庇護し、支配し、慈しみ、蹂躙し、愛情と憎悪を人形にぶつける。彼女たちには溺愛と虐待が等価のようだった。年齢も性も異なり、少女という存在を経験したことのない彼には、その思考も感情も想像すらできなかった。
彼は強制的な感情移入を試みる。
彼は文学作品の様に人形を読み取ろうとした。絵画や彫刻のように表現されている名もない作者の意志を感じ取ろうとした。そして少女たちの眼差しを想像し、その感情を追体験しようと試みた。
結局わからずじまいになりそうだけどね。
そうなの?
成果といえば、少し頭がおかしくなったこと、くらいかな。
そうね。
面白かったよ。
彼は、膨大な蒐集物の中でも、傷つけられ、壊された人形がお気に入りだった。欠損が個性を紡ぎ出していた。彼はその傷跡を丁寧に撫でていた。
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