IV
夕方、おじいちゃんの家を出た。すぐに帰るからって、ビルの階段を二段飛ばし、三段飛ばし、転がるように駈け降りた。
日が沈むまでにあの公園にたどり着かなきゃ……そう思ったから。
上手く説明できないけど、陽が沈み、夜になってしまったらダメだと思ったの。同じ公園だけど別の場所になってしまう。日暮れまでに行かないとあの子に出会った場所にはたどり着けない……なんとなく、だけど。
商店街を全速力で走ったの。
夕方だから人がいっぱいいたけど、誰かにぶつかりながら、いろんな人に叱られながら、でもそんなことは全部無視して走ったの。快速電車で一駅乗って、高層ビルの街の歩道を駆け抜けて、公園の入口にたどり着いた。息を整えながら脚を踏み入れる。空が臙脂色に染まってた……なんとか、セーフ、かな。
都会の真ん中なのに土の匂いがした。
たぶん、間違っていない。
あのとき私があの子に出会ったベンチを探した。
あの日はイヤなことがあったから、思わず家を飛び出して、ただ闇雲に歩き、走り、電車に乗って、電車を降りて、歩いて、走って、また、電車に乗って……行き当たりばったりにそんなことを繰り返してた。自分が今どこにいるのかなんて全然わかってなかった。だから、最後にたどり着いたのが本当にこの公園なのかは、わからない。でも、たぶん、この公園。俯きながら広い公園を歩いてた。なんの目的もなく歩いてた。すれ違ったかも知れない誰かも、目に映ったかも知れない景色も、まるで覚えていない。私は足下ばかりを見ていた。だけど肌に纏わり付くような、湿った土の匂いだけは覚えていたの。
疲れたから、たまたまベンチがあったから座っただけ。もう動くのも面倒になって、座っていただけ。どうしたらいいのかわからなくなっただけ。
ママなんて大嫌い。
家を飛び出した時、吐き捨てるように言った私の台詞。それを何度も呟いていた。
ママなんて大嫌い。
しばらくじっとしていたら涙が出てきた。でも、悲しいのかどうかはよくわからなかった。ぼたぼた落ちて、服の胸に染みが出来ていたのは覚えてる。気がつくと、暗くなってた。空はほんの少しだけ明るさが残っていたけれど、公園の木立は小さな森のように、光を閉ざして、街よりも少しだけ夜を早く迎え入れる。別に怖くはなかったけど、きっと寂しくもなかったけど、小さな身体が余計に小さくなったように感じて、暗がりにのしかかられて、動くことができなくなっていた。
ああ……それはきっと言い訳なんだ。
私は、その時、ベンチから離れずにいることを夜の所為にした。
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