黒いワンピース

REFLECTION(第2話)

加藤那奈

小説

20,056文字

少女と母と猫、そして祖父と人形。
(2023年)

III

 

ボクにボクなんていう自覚が芽生えたのはいつなんだろう。

匂いを感じたとき、何かに触れたとき、目を開いたとき、音を聞いたとき、口を開いたとき――覚えてなんていないけど、気が付いたときにはボクだった。

それじゃあ、ボクは、ボクになる前はなんだったんだろう。

ただ、そこにいただけなのかな。それとも、別の誰かだったのかな。

前世とか来世とか。

そんな確かめようのないことを信じるとか信じないとか、考えてみたところで何がわかるわけでも、変わるわけでもないのだから、今、ここにいる自分のことだけを考えていればいいのだろう。それにしたところで、結局はなにもわからず、もやもやした、全くもって合理的じゃない惰性のような、思考まがいの逡巡が、この小さな脳みその中で秩序を顧みずに駆け回っているだけなのだ。

ボクはぼんやり浮かんでいるような気がした。

ボクの周りにはきっと誰かが造った街や自然にできた風景やその他いろいろなものがあり、そこでは人や動物や植物が命を費やし生きている。ボクはそれを知識として知っている。ただその実感があるのかというと不明瞭だ。あると言えばあるし、ないと言えばない。ボクも含めた誰かに、ボクがそんな風に感じるよう仕込まれたような気がする。自分で自分に仕込んだのかもしれないし、別の誰かかもしれない。それがボクという存在の源なのかもしれない。もちろん目的なんてわからない。知りたいと思ったところで、ボクがボクでいる限りきっと知りようのないことなんだろうと直感する。

前世だとか来世だとかと同じたぐいの命題だ。

ボクは世界をスクリーンの向こう側に見ているみたいだ。たったひとりの映画館で、ストーリーのない、つまり、いつ終わるとも知れない、ただひたすら長回しの映像を眺めているみたいだ。

もちろん、そんなの、面白くはない。面白ければいいというものでもないし、どうせ世界などそんなものなのだと達観している自分を嘲笑いながら、隔離されたようなひとりぼっちに悦楽さえ感じている。

この歪んだ感覚さえボク自身のものだという確証はなく、だけど、こんなつまらないことを考えてしまうのは、きっとボクがボクの器として、何かしらの欠陥を持っているからなんだろう、と、そういうことにしておくのだ。

夜になる。

スクリーンがブラックアウトしてゆくと、こちら側と向こう側の境界が曖昧になる。ボクはふらふらと歩きながら、知らないうちにこちらと向こうを行き来しているのかもしれない。まあ、すべてがボクの想像で妄想なのだから、不都合が起きるわけでもなく、ただ夜を漂うだけなのだけど。

2025年1月8日公開

作品集『REFLECTION』最新話 (全2話)

© 2025 加藤那奈

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