黒いワンピース

REFLECTION(第2話)

加藤那奈

小説

20,056文字

少女と母と猫、そして祖父と人形。
(2023年)

II

 

透き通るような白髪を肩まで伸ばした老人はたくさんの人形達に囲まれていた。

彼は長い時間をかけてそれらを蒐集した。

人形にもいろいろある。彼の興味の対象は、少女のための玩具人形、特に着せ替え人形だった。着せ替え人形とおぼしきものはとにかく集めた。

昔のファッションドールやビスク・ドールから、ソフトビニール製の玩具人形。雑誌の付録だった紙製の着せ替え人形から、マニア向けの球体関節人形。量産製品から、カスタマイズされた1点もの。まだパッケージを開封していないものもあれば、元の持ち主にさんざん遊ばれ弄られて壊れたり、意図的に改造されたり、何かしらの理由で欠損しているものもある。高価なものからゴミ同然に捨てられようとしていたものまで、何でも集めた。もちろん、それらに着せ替える衣装も蒐集の対象だった。

膨大な蒐集物は、自宅のふた部屋を倉庫にしてもまだ足りなかった。

ちょっとした思いつきで興味を持ち、最初の一体を購入してから約半世紀だ。人形の蒐集家は世界にいくらでもいるだろう。だが、18世紀のアンティークドールと壊れてしまった21世紀の玩具人形を同じ価値に見積もる者などたぶんいない。彼にとって人形の価値はその値段ではなかった。新品であっても、破壊されて廃棄物に混じっていようと、人形ひとつひとつに等しく価値がある。彼は自分の膨大な蒐集物を眺めていると、満足感を通り抜け、呆れた気持ちにすらなる。

私は人形に、着せ替え人形にとらわれてしまったんだよ。

苦笑に顔を歪ませながら、愉快な気持ちになる。

もっと違う人生を思い描いていたんだけどな。

人形達が嗤っている。

他にどんな人生があったっていうのかしら?

それはいろいろあっただろう。可能性はきっと無数にあったんだ。政治家にだって、実業家にだってなれたんじゃないかな。

彼は人形達に笑って見せる。

そういうことにしておきましょう。夢は大切にしなきゃね。特に目覚めた後の夢は壊れやすいから。でも、壊れた夢でも私たちにとっては羨ましいわ。私たちは眠ることができないし、だから、夢を知らない。白日の夢すら見ることができないの。

そうだったね。私は君たちのことをよく知っている。君たちは雄弁だ。私にたくさんのことを教えてくれた。君たちのこと、それから私自身のこと。私には君たちの声が最初から聞こえていたからね。

私たちはあなたのことなどほとんど知らないし、知りたいと思ったこともない。私たちにとって、あなたも私に、私たちに関わり合ったひとりでしかない。もっとも、私たちの声が聞こえるなんて、ちょっと普通じゃないけどね。

2025年1月8日公開

作品集『REFLECTION』最新話 (全2話)

© 2025 加藤那奈

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