XV
夜に溶けてしまいそうになることがある。
例えば夜の公園で、ひとり芝に座り込み、何を考えるでもなくぼんやりしていると、夜闇がカラダに纏わりつくんだ。絡みついてくる、といってもいいかな。体毛の一本一本に巻き付いて身体の中まで忍び込んでくるんだ。鬱陶しい。だけど気持ち良くも感じる。そしてそれが怖い。気持ち良すぎるんだ。ボクの身体に馴染んでしまう。身体の境界が曖昧になりそうなんだ。そして夜闇にそのまま溶けてしまいそうになる。本当に溶けてしまうのかもしれない。どうなってしまうのか、興味はある。身を任せてしまいたい衝動がないわけではない。だが、戻ってこれなくなってしまったらまずいだろ。まずいよね。
ボクと夜は相性がいい。それは知っていたし、理解もしている。
平たく言えば「夜型」なんだ。「夜行性」の方が野性味があっていいかもしれない。
日が落ちて、街に夜闇が滲む頃から全身の感覚が冴える。思考も判断も素早く、身体も軽やかになる。
暗い方がいい、というわけではない。人工的な照明も気持ちがいい。よそよそしくて冷たい感じがとてもいい。街灯の光は冷たいシャワーを浴びているような気分にもなる。身体に当たってプチプチ弾ける。太陽と比べて心地いい距離感があるんだ。そうだね、月の光にちょっと似ている。
暗闇だからといって、いつも纏わり付いてくるわけではない。陽の光が閉ざされた部屋の暗がりはまるでボクに干渉しない。どんなに遮光してもなにも起こらない。夜闇は夜空と繋がっている。たぶん夜空がボクにかまうのだ。もしかすると、ボクは夜から生まれたんじゃないかな、なんて思うこともあるよ。ボクは夜の眷属なんだ、なんてね。
だからこそ、ボクは夜に警戒をしてもいる。
時として、夜闇はボクにとって香しい。とても甘美な匂いを放っている。思わず吸い寄せられてしまう。でも、誰かが意図をもってボクに罠を仕掛けているみたいなんだよ。なんとなく、だけどね。ただの自然現象には思えない。いや、夜そのものは自然なのかもしれないけれど、その裏側に何かを仕込まれているんじゃないかって勘ぐってしまうんだ。
深夜、ボクは町を歩きながら、夜闇の誘惑に目を反らしながら耳を傾ける。夜が囁いているんだ。何を言っているのかはよくわからない。歌のようにも聞こえる。そして、それはボクに向けられたメッセージなんだ。ボクはその歌をたぐりながら街を徘徊する。街路樹の歩道、高層ビルの谷間、そして、夜にひっそりと沈んだ公園。絡みつき、ボクを取り込もうとする闇をふりほどきながら歩みを進める。
公園のベンチに座り、どこから聞こえるのかわからない言葉に、歌に、ボクは目を閉じ心の中で繰り返す。何だか楽しい。意味のまるでわからない言葉が、歌が、体中に染みこんでゆくみたいだった。きっとボクに隙が出来たんだろう。夜闇がボクに絡まりながら、体毛に絡まり、毛根からカラダに忍び込む。気持ちいい。ちょっとまずい?
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