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黒いワンピース

REFLECTION(第2話)

加藤那奈

少女と母と猫、そして祖父と人形。
(2023年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

20,056文字

XII

 

モザイクがかかったようなイメージがときどき記憶の隙間を漂っている。

ぼんやりとした記憶のスープに浮かぶクルトンのような少し硬くてざらざらした異物。

根拠などないくせに、それが未来の記憶だと理解したのはいつだったかな。不思議と驚きはなかった。忘れていたことをふと思い出した時のように自分の至らなさを感じたくらいだ。また、それを理解したところで身辺に変化があるわけではない。予知できるほど鮮明ではないところが、何だかわざとらしいんだよ。こんなの混ぜ込んだのは、誰の仕業だ?

そんなのがちらちら浮かぶと、ボクはこっそり悪態をつきながら同時にほくそ笑んでいる。だいたい犯人の目星はついている。だが、しょうがないのだ。

右と左がよくわからなくなることはないかな。ボクはときどきあるんだよ。自分から見て右とか向かって右とか、左を向けとか左側を向けろとか、えっと、つまりそれはどっちの右でどっちの左? 過去と未来も、ボクにとっては同じような感じがするんだ。今から前の時間とか後ろの時間とか、きっとそういうことなんだけど、では今のボクはどっち向きに歩いてるのかな? 前を見ながら後ろ向きに進んでる気がすることもある。後ろを見ながら前に向かって進んでいることもある。後ろを見ながら前に進む? ほら、前と後ろもわからなくなる。当然の如くこれからの時間とこれまでの時間もしばしば取り違える。

ボクはただ時間と空間をぶらぶらしているだけだから、特に支障はない。そもそも未来とか過去とかといった区別がボクにとっては作りものみたいに見えるんだ。誰かが勝手に決めたルールがあって、今のボクはそのゲームボードに放り出された駒のような気分だよ。ナイトみたいにヘンな動き方ばかりを強いられているんだ。真っ直ぐ進みたいのに、ぜんぜん真っ直ぐ進めない。ゲームのピースでしかないボクにとって、これは呪いに等しいんじゃないかな。世界とボクが少しズレてるなんて感じるのは、たぶんこんな呪いのせいなんだ。そいういことにしておけば少しは諦めもつく。それにこれがゲームなら、いつか終わるだろう。もっとも投了したとき、ボクがボクのままでいられる保証はないけどね。駒はいったん世界というゲームボードから外されて、次にプレイするまでどこかにしまい込まれるんだ。そして、新しい世界が展開する時、ボクのすべてがリセットされる。

ボクの記憶が当てにならないのと同じように、ボクの推論もはっきり無意味と断じておこう。ボクのこんな考えは、きっとお見通しなんだ。浅知恵なんだよ。どんなに深く潜っても世界のスケールが小さいのなら、知恵の量も思考の深さも比例する。

モザイクのかかった未来の記憶は、ボクにとって行動の根拠になる。千ピースもあるジグソーパズルの欠片を数葉与えられ、元の絵を探し出すような無理ゲーだけど、それなり面白くもある。これまでだって、見つけ損ねていつの間にか過去に混ざってしまったものもありそうだ。正解を見出すことなど目的ではない。見つけたとしてもそれは一瞬で、検証する余地もなく記憶は過去へと流される。それに誰も正解を教えてくれないしね。

でも、未来でも過去でもない記憶があったとしたら、それはいつの記憶なのだろうね。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年1月8日公開

作品集『REFLECTION』第2話 (全6話)

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