I
にゃお、にゃお、にゃお。
いないのかな、あの黒い猫。お家を飛び出して、ひとりぼっちでベンチに座っていた時、私の前にしゃがんでじっと私の目を見つめていたあの黒い猫。
陽が落ちて、木立に囲まれた公園はどんどん暗くなる。街灯がぽつりぽつりと灯っているけど、私のベンチまでは全然届かない。私は暗がりに閉じ込められるような気がしたの。もうここからどこへも行けないんじゃないかって。そのまま夜に閉ざされて、二度と朝が来ないんじゃないかって。不安なのか、寂しいのか、悲しいのか。自分の気持ちもよくわからなくなって、いつか私は消えちゃうんじゃないかって。
だからね、そこに君がいることもしばらく気がつかなかったのかな。あんなにキラっとした瞳をしてたのに。金縛りのような暗がりに藻掻きも出来ずいたときに、私の前で小さな光がふたつ、パチンとスイッチが入ったみたいに光ったんだよ。突然、光ったように感じたんだよ。ぽつん、ぽつん、と、浮かんでいたんだよ。
不思議な光だった。豆電球みたいだけどあたりに光を漏らさない。なにひとつ照らさない。真っ暗な周りを無視してその小さな内側に向かって放たれているような光だった。私は見とれていたの。あの光の向こうに何があるのかな……。
私は、ベンチから乗り出して手を伸ばしたの。宙に浮かぶ小さな星を掌に掬い取ろうと思ったの。
にゃあ。
小さく、細く、針金みたいな声だった。
にゃお。
じわりじわりと暗がりを吸い取るように君の姿が浮かび上がった。夜よりも暗い黒をした猫だった。小さな星は、君の瞳だった。じっと見つめられていた。
すごく静かだった。
君が墨汁みたいな黒く滲んだその身体に何もかも吸い込んでしまったように静かだった。私もなんだか吸い込まれそうだった。吸い込まれてもいいって思った。
そのときね、君が何かを言ったような気がしたの。猫が喋るわけないんだけど、言葉が聞こえた気がしたの。
その後のことは覚えてないんだ。
気がついたらね、おじいちゃんの家で眠っていたの。
あれは夢だったのかな。
どこからが夢だったのかな。
だんだん夜になってゆく公園を歩き回ったけど、全然見つからない。君はどこにもいない。今日はいないのかな。あのときのベンチで待っていればまた会えるかな。ぽつりぽつりと点る灯りと灯りの間の一番暗い場所で、君の気配を探していたの。
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