事件関係者の罵り合い、泥仕合となったところで課題範囲が終わった。複数の人間が「嘘」をついていないと整合性が取れない事柄が散見され、それらをひも解くことにより事件の全容が明らかになると考え推理を展開することにした。
課題範囲の最後で明らかになった的場の「嘘」から推理する。加賀が指摘した通り、的場は医師でありながら櫻木洋一の救命活動をせずに犯人を捜し行くといった不自然な行動をとった。的場(他にも共犯者がいるが後述)は山之内邸でバーベキューをしているときに洋一に睡眠薬を飲ませ別荘に戻ったあと、洋一が寝室で眠っているタイミングで桧川に襲わせる計画をたてていたが、洋一は的場をテラスに誘い飲み足りないと言い出した。的場は睡眠薬が効き始めるタイミングを見計らいトイレに立ち、戻ったあと睡魔に襲われた洋一に切り上げようと声をかけようと思ったが、林から櫻木邸の様子を伺っていた桧川は一人になった洋一を見て犯行に及んだ。洋一は的場と二人で飲んでいた。この状況で一番怪しまれるのは的場だ。的場は桧川を追いかけ、このままでは自分が犯人に仕立て上げられると思い桧川に頼んで致命傷にならない程度に腹を切らせた。犯人に刺され一命をとりとめるといった状況は的場の本意ではなかったのである。的場が洋一を桧川に殺させた動機は櫻木千鶴が言った「復讐」だと思うが、それが何かは分からなかった。事件関係者誰しもが後ろめたいものを持っている。洋一は何かしらの事情で的場に恨みを買っていたのであろう。それは洋一の娘に取り入ってまで果たそうとした苛烈なものだったと推測する。
次は小坂七海の「嘘」だ。高塚桂子殺害の容疑を向けられた七海は、山之内静枝と栗原正則がグリーンゲーブルズで逢引きしているのを桂子から聞いていたと嘘をついた。バーベキューの後、高塚俊策、小坂夫婦が高塚邸を離れたことを知っているのは当人たちを除いて小坂夫妻の息子、海斗しかいない。海斗が事件に関与していることに気づいた七海は議論の矛先が息子に向けられることのないよう咄嗟に嘘をついた。加賀は防犯カメラが破壊されていることや殺害方法、凶器が持ち去られていることなどから桂子を殺したのは桧川ではなく顔見知りの犯行だと推理した。それが海斗であったとは思えない。海斗が実行犯であるならば俊作や小坂夫妻が必ず気づくはずだ。桂子の殺害状況から実行犯は相当な返り血を浴びており、シャワーを浴びて着替える必要があった。また返り血のついた服や凶器も処分しなければならない。俊策と小坂夫妻が戻ってくる間に小学生が解決できる問題ではないだろう。では海斗はどのように桂子殺害に関わったのか。それは「実行犯に高塚邸の状況を報告し、家に招き入れる」ことだ。海斗が犯人に協力したのはバーベキューの時に両親を顎で使っている高塚夫妻にちょっとしたいたずらを仕掛けないかと犯人からの提案に乗ったためだと思われる。また海斗は検証会で駐車場から出てグリーンゲーブルズ方面に向かう犯人を見たと証言したが、それは実行犯から指示され言わされた「嘘」である。
似たような状況化で起こった事件がもう一つある。それは栗原夫妻の殺人だ。凶器やガレージに残された指紋から犯人は桧川で確定しており、ガレージ内には誰でも入れる状況ではあったが、玄関の鍵の開錠や夫妻がガレージを訪れることを知っているのは家人以外に考えられない。それは栗原夫妻の娘、朋香だ。朋香であればバーベキューの最中に抜け出して林を通り栗原邸の玄関の鍵を開けることができる。バーベキューから帰ってきて玄関の鍵がかかっていなければ夫妻がガレージを確認しに行くと知っていたのは朋香だけだ。また死体発見状況を描いた冒頭の地の文に嘘がなければ、玄関のインターホンが鳴るまで外でサイレンの音が鳴り響いているのに何も行動を起こさないのは異常に思える。数件しかない別荘地だ。外でサイレンが鳴っていれば自分で確認するか、両親に聞きに行くのではないだろうか。そして死体発見時の状況に玄関の鍵は開いていたのに屋内が物色された形跡がなかったとも書かれている。であるならば、桧川によって両親が殺害されたあと朋香が監視カメラのSDカードを抜いたのだろう。警察に両親がガレージにいた理由を聞かれ知らないと答えておきながら、検証時にガレージのシャッターを締めて二人で何かをしていたと証言を翻しているのも不自然だ。以上の事から「朋香が桧川を使い両親を殺害させた」との考えに至った。動機は分からなかったが、両親殺害に桧川を使ったのはJCが大人二人を殺すにはリスクが高いと思ったのか、実際に両親を殺せる自信がなかったかのどちらかであろう。そして「朋香は桧川が両親を殺した後に海斗からの連絡を受けて高塚桂子を殺した」。高塚桂子を殺してから証拠隠滅を図ることが出来るのは朋香しかいない。他の事件関係者は誰一人として長時間一人になる時間はない。朋香は海斗をバーベキュー時にそそのかし、海斗から桂子が一人になったと連絡を受け高塚邸に玄関から侵入し桂子を殺害(高齢女性一人であればJCでも殺害可能だと考え実行した)、凶器を持ち帰りシャワーを浴びてパジャマに着替え布団に入った。殺害の動機は桂子の手に握られていた紙切れが関係している気もするが、明確な答えは出なかった。
以上3つの事件から「主犯は朋香であり、オンラインゲームで知り合ったヒーロー願望と自殺願望を併せ持つ桧川を焚きつけ両親を殺害させた」と推理する。また両親の殺害だけならばただの怨恨と疑われるため「櫻木洋一の殺害も同時に依頼」(実行計画の詳細はテレグラムで行われ事件当日の連絡もテレグラム経由だったと思われる)した。ネットを使えば櫻木の悪い噂を見つけるのも容易であっただろう。そこで問題になるのが的場の立ち位置だが、最初に述べた通り的場も共犯でなければ筋が通らないため、どこかで朋香と通じていたはずだがそれを見つけることはできなかった。
最後に鷲尾英輔殺害についてだが、鷲尾春那が英輔についてネットで検索しても悪い噂を見つけられなかったように、英輔殺害は朋香による連続殺人計画に組み入れられたものではなかった。英輔は桧川を発見し取り押さえようとしたところ刺された。しかしヒーロー気取りの桧川が関係のない人物に致命傷を負わせるために二度刺すことがあるだろうか。ここからは根拠のある推理ではないが本書のタイトル『あなたが誰かを殺した』の回収を久納が関係者に送り付けた書簡だけでは弱いと感じたため少々強引な推理を展開する。英輔は静枝とできていた。それを苦々しく思っていた春那が、桧川に刺された英輔を見つけ、静枝との関係を問いただすが、英輔の答えに満足できなかった春那は英輔に致命傷を与えるべくわき腹を刺し絶命させた。そして櫻木邸から戻ってきた静枝が英輔を抱き抱える春那を見つけるのであった。
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