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ジョンとジョブズと幻覚剤

泊木空

ジョンとジョブズに憧れる片田舎高校生の青春逆張り幻覚体験記

エセー

2,650文字

高校の同級生に風変わりな友人がいた。そいつは何かにつけて集団行動の輪を乱す奴だった。

学園祭でクラス対抗のダンス大会をやるとなれば、そいつだけ死者を蘇らす踊りをやりたいと言い出した。他のクラスは流行りの曲で踊るというのに、そいつはそれじゃつまらないと熱弁した。

違う年の学園祭でクラス対抗の演劇大会をやるとなれば、そいつは「教育とは洗脳である」というテーマの台本を書いてきた。他のクラスは昔話のパロディをやるというのに、そいつはそれじゃつまらないと熱演した。

教室前の花壇で何か植物を育てようという話になれば、そいつは枯山水を作りたいと提案した。なぜかそれだけは受け入れられて、実際に枯山水を作った。

そうやって逆張りをする度に、彼はスティーブ・ジョブズの名前を出した。ジョブズならそんなつまらないことはやらない、ジョブズならもっと革新的なことをやる。それが彼の口癖だった。英語の授業でスピーチをやるとなれば、当然彼はジョブズの完コピをした。身振り手振りまで交えて、地元の再開発案を話すジョブズを想像していただきたい。それも、ブカブカのブレザーを着て黒板の前で熱く語るジョブズを。

笑う人もいるかもしれない。実際にクラスメイトの反応は冷ややかなものだった。けれど、僕には彼がとてもかっこよく見えた。何を隠そう、僕も進んで逆張りをするタイプの生徒だったのだ。もっとも、僕はスティーブ・ジョブズの名前なんて使わなかった。何か反抗的なことをやるたび、僕はジョン・レノンの名前を出した。同じ穴の貉である。ジョブズとジョンの穴ではない。虎の威を借りる狐のねぐらといったところだ。

彼とは三年間同じクラスだったが、高校生活も終盤に差し掛かるころには、顔を合わせる機会が減った。僕が不登校になってしまったからだ。何か直接的な原因があったわけではないが、週に一度登校できれば良いというような状況に追い込まれた。おそらく、ジョンの名前を借りて周りに反発する行為は、相当エネルギーを使うのだろう。その点、友人は本物だった。彼は最後までジョブズ、ジョブズと口にして、皆勤賞の賞状までもらった。

ある日、僕は学校を休んで自室のベッドで寝ていた。僕にとってはいつもの日常であったが、その日は少し勝手が違った。翌日は修学旅行の出発日だったのだ。不登校ではあったものの、修学旅行にはどうしても行きたかった。沖縄は大好きな場所だったし、なにより件の友人とホテルが同室だったからだ。しかし、彼はジョブズの名に懸けて言いたいことをズバズバ言う人であったから、僕がのこのこ現れれば「来ないと思った」と嫌味を言うに違いない。彼のためにも行きたいが、彼のせいで行きづらい。一ヵ月ほど悩んで、僕はある決断をした。幻覚剤を飲んで、悟りを開こうとしたのである。

スティーブ・ジョブズとジョン・レノンにはある共通点があった。どちらもLSDユーザーであったというところだ。だから友人とは、よく幻覚について話した。彼らは幻覚体験を通して天才になったのか、あるいは天才が幻覚を通してインスピレーションを得たのか。その答えを得るためにも、そして僕が修学旅行に行くためにも、身をもって幻覚を体験し、悟りを開くしかないと思った。なぜそんな結論にいたったのか、今となっては自分でもわからない。ジョンとジョブズと友人にかこつけて幻覚を見たかっただけのような気がする。どこまでも他責思考なやつである。

そういうわけで修学旅行の前日、僕は机の上のカプセルを見つめていた。残念ながらLSDは片田舎の高校生が手に入れられるような代物ではなかったので、合法な幻覚成分を含む風邪薬を用意した。「トー横キッズ」という言葉があるが、僕はそのトレンドを先取りしていたのである。「屋根の下キッド」とでもいうべきだろうか。

十二個のカプセルを、グレープフルーツジュースで飲み込んだ。そうすれば効果が強まると何かで読んだ。深呼吸をして目を閉じる。自分の脈を数える。瞼の裏の血流を意識する。なるべく何も考えないようにする。そうして一時間もすると、世界が急にゆっくりになるのを感じた。効いているようだ、と喜ぶ気持ちを抑える。邪念があってはいけない。ジョン・レノンがそうしたように、スティーブ・ジョブズがそうしたように、あくまで自分と向き合わなくてはいけない。深く呼吸をする。そしてまた、一時間ほどたったかと思って時計に目をやると、まだ一分しか進んでいなかった。流石に恐怖を感じる。すると突然、体を残して視界が上昇していった。まさしく幽体離脱のような体験だった。天井の隅から自分を見下ろしているような状況だ。その視界が次第に分裂を始めた。何台かの監視カメラの映像が、大きなモニターに映されているのを見たことがあるだろうか。あれが全部同じ映像を流しているような感じだ。2つ、4つと視界が増えて、最終的に7つで止まる。どうも想像していた幻覚とは様子が違う。幻覚はよく極彩色の万華鏡のようだと例えられるが、一致するのは分裂だけで色彩も普通だし、歪んでもいなかった。どういうわけだろう。やがて、視界が勝手に動き出した。その瞬間に僕は確信した。これから見るものが、何か僕に大きな衝撃を与える、いわば悟りの要因になるものだと。視界がゆっくりと旋回する。動きを止めて、部屋にある本棚の上部へとズームしていく。そこには、『北斗の拳完全版』の全集があった。

そう、視界が7つに分かれたのは北斗七星の影響だったのだ。それで僕は理解した。幻覚剤は幻覚を見せるのではない。深層心理にあるものを映し出すだけなのだ。僕が見たのは、本棚の中ほどにあるゲーテの『ファウスト』でもなければ、三島由紀夫の『金閣寺』でもない。『北斗の拳完全版』だったのだ。それが僕の深層心理である。なんて薄っぺらい人間なのだろうか。深層でもなんでもない。僕はこれほどまでに恥ずかしい思いをしたことがなかった。早く幻覚が終われと必死に願った。幸いにも、死兆星は見えなかったので無事帰ってくることができた。

次の日、僕は堂々と登校した。あの恥ずかしさに比べれば、同級生が向ける好奇の目も大したことではなかった。そういう意味では、僕は悟りを開いたのだろう。予想通り、友人は僕の顔を見て「来ないと思った」と言い放った。けれど、優しく肩に手をかけてくれることまでは想像していなかった。その夜、沖縄のホテルで、いかにスティーブ・ジョブズとジョン・レノンが天才であるかを彼と語り明かした。

© 2026 泊木空 ( 2026年3月14日公開

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