部屋を出ると、オレの坊主頭に雨粒が当たった。空は暗く曇っている。だから傘を持った。三分くらい歩くと、日が差してきた。すれ違う人は誰も傘を持っていない。オレのアパートの周りだけ雨が降っていたのか、頭皮が鳥の糞か何かを雨粒だと感じたのか。ムカついた。駅にも傘を持っている人はいない。あ、一人だけ見つけたけれど、ヨレヨレのヘンリーネックシャツを着て、いつも傘を持ち歩いていそうな雰囲気だから無視する。だから電車で傘を持っているのはオレだけ。硬く閉じられた傘をみんなが見ている気がする。
「硬く閉じられた」というのは誇張ではない。傘のマジックテープが壊れて、でも新しい傘を買うのはもったいないから、ダイソーで買った粘着タイプのマジックテープを貼りつけ、はがれないようにホッチキスでとめていたら、楽しくなってしまって、贅沢にテープをつけまくった結果、傘を開ける度に強烈にバリバリして、手袋をしているとバリバリに巻き込まれる、こんな傘を持ったオレを変なヤツだとみんな思ってるんだろ。土砂降りになればいいのに。
分かってますよ。他人はオレのことなんて気にしていない。見ていない。
あなたは今日、家を出てはじめに会った人がどんな服を着ていたか覚えていますか?
オレは覚えていない。
あなたはすれ違った人がハゲだったかどうかなんて気にしますか?
オレは気にする。めちゃくちゃ気にする。
オレはハゲを見るのが嫌いだ。自分がハゲていることを思い出すからだ。
ハゲていない人には理解できないかもしれませんが、ハゲは普段生活している時には自分がハゲだということを忘れているんです。街を歩いている時に脳内に思い浮かべるのは、髪がフサフサでイケていた、あの頃の姿なんです。(個人の意見です)
信じられないことですが、僕は高校時代には理容室で「髪をすいてください」と注文していました。毛量があったんですね。二十歳を過ぎると早くも生え際が後退しはじめ、「生え際が目立たない髪型にしてください」と注文するようになった。頭頂部のハゲが光を反射するようになった二十五歳で、僕は店主に「坊主にしてください」と勇気を出して言いました。
坊主になったあの日以来、僕は自分で髪を剃るようになった。だから先月、実家に帰る途中で、お世話になった理容室の前を通り、衝撃を受けた。オレを坊主にした店主が坊主になっていた。バリカンではなくカミソリで剃り上げた坊主。オレよりもツルツルだった。なぜだか涙が出そうになった。理容師に髪が無くて大丈夫なのか。
もちろん、ハゲは悪いことではない。そうだろ。何が「AGAは進行性の病気です」だ。許さない。ハゲは病気じゃない。オレは健康だ。嫌になるくらい健康。AGA治療をしていた時より絶対に健康。あの頃は薬の副作用に怯えていたからな。
しかも最近は、小説を元気に書き続けるために健康に気をつけている。酒は甘酒しか飲まない。甘酒は好きだし「命の点滴」らしいから週二で飲んでいる。毎日コモドストレッチをしている。体幹を鍛えるためにイスは使わず、バランスボールに座っている。今、この文章もバランスボールの上で書いています。
そう。実は私、佐藤相平は小説家志望なんです。だからチャンスを求めて人生逆噴射文学賞に応募しました。よろしくお願いします。
残念ながら十年間、小説を書くためにアルバイトを続け、髪以外にも色々なものをそぎ落とし、修行僧のように執筆に励んでいるのに、単著の一冊も出せていない。
やっぱ嘘。全然ストイックじゃないです。ポケモンだいすき!
でもスイッチ2を買う金がないから、毎日ポケポケをやっています。昨日は三時間半もやっちゃいました。今月はランクマじゃなくてエンブレムイベントなんで、グレイシアex&ワタッコexデッキみたいな、かわいくて楽しくて弱いデッキで遊んでいたら、なかなか勝てなくて時間が解けました。はあ。マジでダメ人間。(ダメじゃないよと言ってください。)
恥ずかしい話、執筆活動(とポケポケ)で忙しくて金がないから、毎年二月、父の誕生日はビッグボーイに行って、父におごってもらっています。僕はビッグボーイは別に好きじゃないです。でも二俣川駅で待ち合わせして、父に「何食いたい」と聞かれ、僕が「何でもいいよ」と答えると、自然とビッグボーイ横浜南本宿店に行く流れになる。父の車で。父の運転で。ご存じかもしれませんが、ビッグボーイの大俵ハンバーグはおいしいです。平日はセットにしても値段がほとんど変わらないから、サラダバーやカレー食べ放題もつけるのですが、これらはイマイチ。コーンポタージュは粉っぽさがあるし、カレーにはコクや深みがない。しかもカレー鍋の周りはたいていカレーが飛び散っている。ほうれん草のゴマ和えはシナシナ。ブロッコリーとトマトは水っぽい。でもジャガイモとインゲンをニンニク味にした謎の料理はおいしい。たらこスパゲッティとコーヒーゼリーもまあまあ。なんだかんだ言って、夜ご飯がいらないくらい僕は食べてます。あまり食べないと父が心配するんでね。
退職後、父は投資で儲けているらしい。僕にも軽く勧めてきたけれど、年収二百万円だから投資する金なんてない。父は儲けた金で高校時代の友だちと日本中を旅行して、現存十二天守を制覇したようだ。僕は金がないから、ここ十年、どこにも行っていない。いや、越路と鴨川に日帰りで行ったか。でも、マジでそれだけ。海外には行ったことが一度もない。飛行機怖いし。そもそも飛行機の予約とかどうやるの。海外ホテルの予約なんてムリなんだけど。旅は人間を大きく成長させてくれる、ってのは聞いたことがある。旅をしないからオレはしょぼい人間なのかもしれない。サバ味噌缶が増粘剤を使っているか使っていないかみたいな細かいことが気になるのかもしれない。
先月、小学校の同級生たちと地元で会った時も、有給で東ヨーロッパを旅行するとか、娘とベイスターズの沖縄キャンプを見に行くという話を、みんなはしていた。オレは微笑み、誰かが切り分けてくれたお好み焼きを食べながら黙っていた。オレだってカナダでオーロラを見ながら娘に向かって「人生にはお金より大切なものがあるんだよ」とか言ってみてえ。でも、そのために必要な努力は何一つしたくねえ。
ていうか有給休暇っておかしくないですか。働いてないのに金がもらえるんでしょ。意味が分からない。こんな制度があるから日本はダメになったんじゃないですか。僕は有給なんて一度も取ったことがない。これだけはマジで誇り。
オレだって普段はダラけてますが、やるときはやるんですよ。年末年始はちゃんと八時間とか十時間働いています。去年は特に忙しく、働くことに心身が慣れていないオレは疲労困憊していた。バイトを掛け持ちしたり、オレは悪くないのに謝ったりしたせいかもしれない。だけど時給はほぼ最低賃金。
一月上旬のある夜、なかなか寝付けずにいると、呼吸が荒くなってきた。息が吸えない。酸素が回ってないせいか足や指先が寒い。震えが止まらない。胸も痛む気がする。このままだと死ぬかもしれない。7119に電話すると女性が出た。心配してくれるのかなと思っていたら、事務的な声だった。それでも救急車を呼ぶことを勧めてくれた。
サイレンの音が近づいてきた。オレは玄関まで這ったけれど、立ち上がれなかった。救急隊員に運ばれ、救急車で横になった、心電図計を眺めている内に、オレは落ち着いてきた。「血圧にも異常はないですね」という声が聞こえた。すぐに病院に行かなくても大丈夫そうだけど、念のため後日検査は受けた方がいいという話になった。オレは自分の足で部屋に戻った。
翌日に近所の内科医院に行った。院内のWiFiに接続するとマンガが読み放題だった。僕は『天牌』を読みながら検査結果を待った。診察室で診断レポートを渡され、医者から「特に異常はないですね。原因は心理的なものかもしれません」と言われた。会計を待つ間にレポートをめくった。動脈硬化検査の結果を見ると、血管年齢が「二十歳以下」だった。「今回の検査結果は『血管優等生』です。これまでの健全な生活習慣を維持し、血管を若く保ちましょう」
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