「前にあたしが一緒に住んでた斎藤さんなんか、あたしが帰ったら殺されてたよ」
朋ちゃんがしれっと驚くべきことを言ったので俺は少し考えてしまった。
どういう?殺されたってどういう?
朋ちゃん特有の冗談かな?俺は頭がボーッとしているので脳の働きが鈍かった。
「ちょっとなんで、そんな真剣な顔してんの。行助笑えるんですけどー」
朋ちゃんが爆笑したので俺はムッとした。
「いきなり、斎藤さんが殺されたら真剣にもなるだろ」
朋ちゃんは何がそんなに可笑しいのかヒーヒー言いながら笑い転げている。
「朋ちゃん、斎藤さんて…」
俺が詳しく訊ねようとすると朋ちゃんは笑いながら立ち上がり自分のスポーツバッグからジャージを引っ張り出して履いた。
「ミニスカートはやっぱ寒いわー」
スカートの下にジャージを履いた朋ちゃんはしゃがんで冷蔵庫を開けた。
「あっ結構食いもんが入ってるじゃんね。行助は料理するんだー。うどんがあるじゃん卵もあるしー」
「朋ちゃん斎藤さんて」
俺はどうしても斎藤さんが気になったのでまた訊いた。
「斎藤さんはあたしをときどき隠れ家に泊めてくれたの。あたし知り合いの家を転々としてた時にね。でもちょっとヤバい人だったのね。背中に入れ墨とか入ってて。本宅は別にあるんだけど知り合いにはナイショで隠れ家みたいなアパートの部屋持っててさー。あたしが行くと宅配のお寿司取ってくれたのー。おいしかったなぁ。特上寿司だよ。でもある日あたしか部屋に行ってみたら斎藤さんがさあ、お腹に包丁刺さってて血だらけで死んでたんだわ。びっくりしたなーあれは」
「それで朋ちゃん、どうしたの?」
「いやーびっくりしたけど、これって殺人だよね?と思って死体だと救急車は乗せてくれないって聞いた事あるからおまわりさんよばないといけないかぁって思っておまわりさん呼んだ」
「大変だったろ。おまわりにネチネチくどくど事情聴取されるんだろ。第一発見者とかって」
「疲れたねー。細っかい事いっぱい聴いてくるからねー。アリバイってやつ聴かれた時なんてドラマみたいじゃんと思って面白かったー。でも犯人奥さんだったんだよ。すぐ自首したんだってー」
「そうか…。自首かぁ。じゃあ誰がその斎藤さんの葬式出したんだろうな…。妻が犯人じゃ葬式だせねぇよな。子供いたんかな」
「あたしすぐ逃げちゃったからなぁ。斎藤さんの身内が出したのかなぁ。行きずりのすみかだったからなぁ。いい人だったけどね」
「朋ちゃんさっぱりしてんな」
「しょうがないよ。死んだら無だもんね。それにあたしが悲しまなくても斎藤さんは他に悲しんでくれる人がいっぱいいたもんね。それに奥さんは殺したいくらい好きだったんだよ。たぶん愛の反対は無関心ていうじゃない?」
朋ちゃん言った。
「愛の反対は憎しみだと思ってた。違うのか」
「愛と憎しみは表裏一体なのよ。愛が変化したのが憎しみよ」
俺にはよくわからなかった。
「俺の親父、葬式も出してないし、ちゃんと供養もしてねぇんだ。いいのかな、とたまに思うんだ。おふくろはそういうのやる気がねぇんだからしょうがねぇけど人間として可哀想だろ。なんかな…」
死というと俺はどうしても親父を思い出してしまうのだった。
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