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suzuseutamaru

短いお話を書いてみました。SFです。
暇つぶしになれば幸いです。何か思ってもらえたら最高です。

小説

4,033文字

キーボードは冷たい。何年経っても同じ形で。

 

「どうして呼び出されたかわかるか?」
部長はできるだけ感情を乗せずに言った。

私はその声を追ってキーボードを叩く。

 

「いいえ」

先輩は相変わらず淡々と答える。私はその、脳が環境音として捉えて意味を認識できないような、意図を含めない言葉を取りこぼさないよう、懸命に耳を傾ける。

「テレビは見てないか。マスコミが報じている。お前は冷酷すぎる判断を下した刑事なんだとよ」

 

先輩は昨夜あった、警備ロボットの暴走事件で民間人を救ったばかりだ。
しかし代わりにその民間人の愛犬を死なせてしまったことが記事になり、現在まで署に抗議が殺到している。

 

先輩は表情を崩さず
「自分は最善を尽くしました」
と発する。

「そんなことはわかってる」

 

果実をじわりじわりと押しつぶしそうな重たい空気のなか、私のタイピングの音だけが、部屋の壁に乱反射する。
その反響が文字を打つ速度も重くしていく。

 

先輩は私が初めてバディを組んだ人だった。第一印象は前評判通りで、表情の動きが少なく、とっつきづらい人だった。

当時はドローンやロボットがあらゆる産業に導入され始めた変革の時代で、まともな規則も敷かれない中であらゆる現場が対応に追われていた。
そんな中でも先輩は毅然とした態度を保っており、学ぶことは多かった。

 

ある任務で行方不明のドローンの捜索にあたっていた時、買い出しにいった先輩が、コーヒーとアイスを抱えてきたことがあった。
甘いものが好きなのかも。密かに驚いていると、先輩は突然銃を抜いて上空へ発砲し、目的だったドローンを打ち落とした。

捜索していたドローン機は無事確保したが、その後数秒にわたって地面に落ちたアイスを悲しそうに眺めていた。
人間味のある姿をみて、少しホッとしたのを覚えている。

 

「俺も上に報告しないといけない。犬を死なせた理由、納得のあるストーリーがあれば会見もやりようがある。」

そう言いながら部長は、手元にあった黒いタブレットを覗く。
堀の深い無骨な顔を液晶の光が照らした。

 

「しかし普段のお前を見てる俺としても、この記事はあながち否定しきれない。いつも冷静で判断が早い仕事ぶりは助かっているが、人間味がなさすぎて背中を預けるのは怖いって声は多い。」

確かに署内では変わり者扱いで、私が外れたあと、なかなか組む相手が見つからないという噂は異動先にも届いていた。
「最近の若者は……」と部長世代の人間は先輩を責めることはなかったが、今回は事実を確認する必要がある。

 

「改めて確認するぞ。お前は立ち入り禁止区域に侵入した民間人と、その飼い犬の目撃情報を受けて現場に向かったーー」

すでに資料にある内容であるため、私は手を休めることにする。

 

「管理者不明で放置された警備ロボットの起動アラートも確認していたため、戦闘の準備も整え現場へ急行」

部長は視線を先輩へ移す。
それに合わせて、間違いありません。と先輩が答えた。

 

「お前の報告では現場到着時、民間人と飼い犬が、それぞれ負傷していたとあった」

「はい。民間人は左腕を負傷し瓦礫の影に…。犬は腹部を負傷して半身は倒れた鉄骨の下敷きになっていました。両者間の距離は10メートルほどだったと記憶しています。」
先輩の報告は後の現場検証の見解と矛盾しない。犬の遺体が見つからなかったことを除いて。

 

「そのまま続けろ。事象説明は得意だろ。」

抑揚のない音声にうんざりした様子の部長がタブレットを、カードを切るようにデスクに投げた。
私はキーボードに手を置いて鼓膜に意識を集中する。

 

「警備ロボットは依然として誤作動を続けており、周囲に発砲を繰り返していました。そのため民間人を抱えて進める退路の確保に注力しました。」

先輩の判断は間違っていない。状況から飼い犬の救出は絶望的で、民間人の救出を優先したのだろう。それは犬の状態に関わらず正しい判断だ。
いかなる状況でも、やはり人命が優先される。

 

「それで犬は?」

少し間が空く。音を立ててはいけない気がして手を止めた。
どの道AIが議事録をとっているだろうという油断もある。

 

「警備ロボットの発した13-FD弾によって激しく損傷。その後は確認していません。」

損傷という表現が空気を冷やし、追って部長のため息が室内に充満する。

 

長年放置された警備ロボットは、裏社会の人間などの違法銃器や薬物の隠し場所に使われるケースが多い。
そのため通常ではあり得ないスペックを備えた状態で見つかることがあり、今回もそれに当たる。
13-FD弾はその圧倒的な火力から、着弾対象を瞬時に灰にすると言われている戦時中の遺物であり、今は違法銃器として製造から禁止されている。

こうした背景から、長期間放置されたロボットは挙動を完全に把握することが難しいため、メーカーも警察も迂闊に撤去に踏み出せない現状があった。

 

「13-FD弾は対重戦車用の銃器だ。巨大な対象物を認識および対象への危険性診断などあらゆる条件が揃わなければ、発射されるなんてことは起こり得ない。今回のイレギュラーはなんだ?」

部長は唐突に私に視線を向ける。
私は即座に立ち上がり、資料で読んだ情報から想定外とされるものをピックアップしてできるだけ端的に述べることに集中する。

 

「本件のイレギュラーは、該当のロボット周辺の施設の残留電力が多かったことに加え、13-FD弾の搭載およびその発射のみであり、その他の挙動についてはメーカーおよび検察の見解にて、不審な点はみられませんでした。」

部長が掌を見せるのと同時に、私は腰を下ろす。
背中がじんわり汗ばんでいく。

 

「どうしてこんなイレギュラーが発生した?」

「要因は不明です。積み上げられた瓦礫の形、影などから戦車等と誤認した可能性も否定はできません。いずれにしても運良く犬の方を対象としたことで、警備ロボットのカメラから逃れることができたため、最小限の被害で区域から脱出できました」
先輩が言い終わると同時に、部長が写真を一枚差し出した。
先輩は数秒だけ視線を落とし、すぐに戻す。

 

「これが何かわかるな?」

ここからではよく見えない。
自然と背筋が伸びる。

 

「……ドローンですか」

「ああ。それとその脇に写ってる石や鉄とは別のかけら……アルミだそうだ」

部長はもったいぶる言い方で先輩の顔色を窺っている。
私には部長の言わんとしていることに、なんとなく察しがついた。

 

今回のように危険な地域へ出動する際には、想定外の事故や被災、または救助者の現場での処置に備え、アルミ製の保温ブランケットなどを携帯する。

それが、ドローンと共に燃えかすとして現場で見つかった。
そこまで理解したところで、部長が質問を投げかける。

 

「これはお前が携帯していた被災キットのブランケットだな。どうして燃えた?それにドローンは見なかったのか?現場でこれが飛び回っていたら報告書に書き漏れるはずがない。」

先輩は何も言わない。
乾いた沈黙の後、部長はずっしりとした音を立てて立ち上がる。

「まあいい。実のところ、聴き取りは個人的な興味だ。マスコミに発表する内容はすでに決まってる。」

先輩はその言葉を聞いて、少しだけ部長と目を合わせた。

 

「くだらねぇ時間だったな。でもよ。なんでも効率化されてこっちも時間潰すのに必死なんだわ。付き合わせて悪かったな。」

部長はそう言い捨てて、部屋を出た。
先輩は少し下を向いただけだった。

コンクリートに染み込んだアイスを眺めている、あの横顔に似ている。

 

「いざというときに迷わないよう、常にその空間での最優先事項を決めろ」
あの日、打ち落としたドローンを抱えた助手席の私に、先輩は言った

 

私は知っている。
先輩が非常時に備えて小型ドローンを携帯していること。

 

私にはわかる。
昨夜、銃弾を使い切るほど切迫していたこと。

 

私には見える。
飼い犬の死を恩人のせいにするような身勝手な民間人が、指示に従わず愛犬に駆け寄ろうとする姿。

「他にやりようがなかったと思います。」

気がつけば声が出ていた。

 

「ドローンとブランケットで即席の巨大な影を作れば、巨大な対象物として誤認させられる。その上民間人の視界から飼い犬を隠せまーーー」
「あの子はーーー」

口走る私の声を、少しだけ圧を纏った先輩の声が遮る

自分の物言いに後悔が押し寄せ、誤魔化すようにキーボードを叩く。
AIに書き起こされた議事録が画面に表示された。

 

先輩の声は一呼吸を入れたことで、いつも通り抑揚のない淡々とした調子に戻る。

「強かった。一切迷わなかった。」
民間人をあの子と呼んだ先輩の声が、遅れてすうっと胸に沁みていく。

 

「何をどう騒がれても構わない。それで乗り越えてくれるなら、助けた意味がある」

先輩の表情は一切変わらない。にも関わらず少し微笑みを浮かべているようにも見えた。

 

先輩が出ていき一人になった部屋で、私はただ文字が並んだ画面を見ていた。
民間人の愚かしくも愛犬を思う行動の詳細、それを強いとまとめた先輩の証言。
その文字列だけが、色を変えたように液晶の中で映える。

ここに記された内容は、自動で要約され報告書としてまとめられる。
わかりやすく都合よく、解釈しやすいように。

本当に部長の言うように、くだらない情報に成り下がる。

 

そう思った時、全ての臓器が痒くなって、そのどうにもできないもどかしさに身体を揺すった。
私は先輩の言った「強かったよ」から下の文字列を、カーソルでなぞって選択し、デリートキーを押す。

 

アイスが床に落ちたような、潔い音が鳴った。

© 2026 suzuseutamaru ( 2026年11月5日公開 )

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