メニュー

僕のカイラク談

音無ガガガ

一年くらい前から引きこもっている僕は、本棚に押しつぶされていた…
痛い。
苦しい。
まぁ、妄想なのだけれど。
 
そんな僕の前に、金髪の少女が現れた。
一瞬、外国人かと思ったけど違うっぽい、おおよそ真面目にキャラ付けされたとは思えない彼女は、
僕の人生にカイラクを与えた。

彼女は僕を幸せにしてくれるらしい。

この話は僕の「 仄暗いボーイミーツガール 」だ。たぶんね。

タグ: #青春、ボーイミーツガール、人間ドラマ、現代ドラマ

小説

41,657文字

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のます」
母は笑う。「指切った」
「約束を破ったら、針を飲まなきゃいけないのよ」
僕は心底、それに恐怖した。

 

 

 

 

中二の新学期が始まって四ヶ月くらいたった頃、僕は学校に行っていなかった。
今は、夏休み真っ盛りで、遮光カーテンのすき間から聞こえてくる、うざったい蝉の糾弾と小学生の溌溂とした声が僕を締め付ける。
学校に行っていないというのは、夏休みだから行っていないということではない。
僕は俗にいう、不登校というやつだった。

去年の十二月の中旬あたり。
僕を心配してか仕事としてか、はたまたその両方か、担任が家に来たことがあった。
担任が家に来るのは、自分の頭の中を好き放題に覗き見られているみたいで、ひどく居心地が悪い。
担任はいつも僕が座っている席に座り、質問を並べる。にこやかに作られたみたいな笑顔を浮かべて。
「学校になぜ来ないんだ?」
「何か嫌なことがあるのか?」
「馴染めてないのか?」
「勉強のせいか?」
「       ? ———」
その流れ作業的な質問に僕は何とも答えられかった。ただ俯いて黙りこくることしかできなかった。ただこの時間が過ぎるのを耐え忍んでいた。
「それじゃあ、来る気になったらいつでも来なさい。待っているからね」
何分、何十分経ったかはわからないが、担任は投げやりにそう言って僕のものだった席から立ちあがり、玄関のほうへ消えていった。
俯いて固まっていた僕の耳に母の声で二言三言聞こえた。
その声の内容は、もう知らない。
ただ、早く忘れてしまいたかったことだけは覚えている。

 

思い出したくもない記憶がフラッシュバックして胃がキリキリする。
僕は真夏の蒸し暑くて薄暗い部屋で、胎児のように丸まっていた。
目を覚ましてから二時間ほど敷布団から動かず、僕は部屋の一点を目的もなくじっと見つめていた。
目線の先には父から譲り受けた本棚が壁を覆っている。本棚には小説がまばらに詰まっていて、お気に入りの小説は僕の目線の高さ、つまり六段目に詰まっている。それ以外の小説は適当に放り込んでいた。
突然、今までに感じたことのないような揺れを感じる。
いきなりやってきたそれは、本棚の中身を落とし始め、築年数がまだ浅いであろうこの家に家鳴りのような異音を激しく鳴らせた。どこからか聞こえる警報のような音が耳をつんざく。
僕は圧倒的な焦燥感と恐怖に包まれ、体をすぐさま起こす。僕の心臓ははち切れんばかりに膨張と伸縮を繰り返し、その鼓動は手首でさえ感じられる。
立ち上がろうとすると、足をすくわれたみたいに、すっころんだ。
頭を打ったのか視界が暗転した後、すべての物が二重の世界で僕は目撃する。
本棚が確実に傾いてきている。
僕はそれに気づいた瞬間、廊下へとつながるドアへと駆けた。
裸足が床をしっかりと捉えて前への推進力となり、僕の右手がドアノブへと伸びる。
だが、その瞬間。大量の小説とともに巨大な影がまるでハエ叩きのように僕を押し潰した。
敷布団に寝たままの僕は少量の溜息をもらす。
この本棚は、いろいろな方法で逃げようとする僕を確実に押し潰してしまう。
厄介な奴だ。
僕は視線をそのままに、枕元に手を伸ばす。
柔らかくて、少しだけ温もりがある敷布団を超えて、硬くて、夏だというのに冷えたフローリングが指先に当たる。何回も指先でコツコツと音を立てながら、そこを探る。僕だけの部屋にフローリングを五本の指でまさぐる音が響いた。もちろん蝉の声に交じって。
ただ、思っていた成果は得ることはできなかった。
そこにあると思っていた物を僕の手は探し当てることはできなかった。僕は痺れを切らして上半身だけを起こす。
光のよく届いていない枕元に目を滑らせると、触覚が示す結果を視覚が決定的なものとした。そこにあるはずだった小説は存在せず、僕の目には小説の代わりに無が映っている。
僕は虚を突かれたように感じて、数秒その場で固まりながら思考する。一瞬だけ、幽霊の仕業ではないかと思案したが、それはないと頭を振った。だけれど、この部屋は太陽の光がほとんど届いていない、もしかすると怪異の一つでも出てきそうな雰囲気ではある。
しばらくそんな状態で考えていると「あっ」と、声が出た。

 

僕は白の無地Tシャツにストレートデニム、ハイテクスニーカーという出で立ちで玄関の扉の前に立つ。
鉄の扉に手をかけて一気に体重を乗せる。最初は重くゆったりと動いていたが、勢いが付いてすぐに半分まで開いた。扉が開くにつれてどんよりとした不快な空気が肌に纏わりついてくる。
僕は一瞬ためらった後、さっさと出かけてしまったほうが楽だと思い切って、玄関を飛び出した。
その瞬間、思わず顔を俯かせる。
太陽の光線が僕の眼球に刺さったからだ。外の明るさに全く慣れていない僕の目が、顔を少しでも上げて太陽光に接触すると悲鳴を上げてしまう。
思わず太陽から自分を守るように、手を額の前に出して歩き出す。
アスファルトの暑さに当てられた空気は僕の体を煮て、空から直接降ってきている太陽光が白い肌を焼いている。
僕の家から目的の場所まで、歩いておよそ十五分だ。
歩き始めた足は重くも軽くもない。
僕は両耳に父からもらった有線イヤホンをぶら下げていて、そこからは父がよく聞いていた一昔前のアニソンが流れている。町の音はまったくと言っていいほど聞こえないが、町は静かな方だろうと妄想する。おそらく、わずかな生活音や主婦同士の世間話しの声が聞こえるのだろう。
「………」
いや…と思い、自分でつっこむ。
全くもって静かではないだろう。
喧騒《けんそう》に包まれているに違いない。
たった今思い出した蝉という害虫の鳴き声が住宅街中に響いて、ここ一帯の平均気温を五度以上あげているに違いない。そして、その持ち前の鬱陶しさで住民にストレスをかけることに悦びを感じているに違いない。
僕はそう妄想した。
だけれど、実際にどうなのだろうか、と確かめようとは思わない。
この住宅街は山の辺りを切り開いた土地らしく、少し歩けば元気そうな木々の顔を拝むことができる。そこに居座って住宅街を取り囲んだ蝉たちは自らの種の存続を懸けて日々、大声を出して異性への自己アピールに勤しんでいる。
しかし、ファンタジーな話になってしまうが、もしかしたら、その騒音は人間の身勝手な土地開発、環境破壊に対するデモ活動なのかもしれない。人間にはわからない蝉の言語で必至に考えを改めなおすように訴えている。そういう可能性もあるのではないか、と考えると蝉にも『可哀そう』だなと思える。
しかし、実際にそうだとして。僕は環境を保護するべきだ、と声を上げたり何か行動を起こすことはあり得ない。ただ、もしも蝉が容疑者、僕が検察で、裁判をしたとするなら僕は迷いなく死刑を求刑するだろう。
テロリストに情けは無用なのだ。

そんな身にならないことを考えながら歩いていると住宅街を抜けて、駅が近くなってきた所為か商業施設が増えてきた。
その建物たちに僕は特に思い入れもないが、この場所にこうしてあるということはきっと良いものなのだと思う。
そのまましばらく歩いていると、散漫に散っていた僕の興味が一つの建物に集まった。
それは、明らかに周囲とは浮いている。
レンガ造りのコンビニ二つ分くらいの平屋。看板などはなく、前面はほとんどガラス張り。そこには、電飾が張り巡らされていて、さらにハロウィンのの飾りつけがこれでもかとされている。ガラスの奥には何やらごちゃごちゃとラック…商品棚にたくさんの何かが置かれている。
距離が開いていて僕の視力では何も見えないがハロウィンの雑貨が売っているのではないかと僕は予想している。
一度その建物。おそらく雑貨店に立ち寄ってみよう、と思ったことがあるが、こんな低俗な人間が立ち入ってしまっていいのだろうか、と感じてしまい。まじまじと情けなく外観を見るだけで終わってしまった。
その雑貨店は気づいたらそこにあって、僕が知っている限りはずっとハロウィン気分でいるようだ。
僕はその雑貨店を流し目で見て、そのまま通り過ぎた。
ふと、一本道の奥のほうを見るとアスファルトの上の空間が歪んでいる。ぐにゃりと。
確か、陽炎と言ったっけ、昔に本か何かで読んだことある気がする。どういう原理でそうなるのだろうと素朴な疑問を思いついたとき、僕の意識は喉元へ集まった。
水分不足。
僕の口内は人体の粘膜とは思えないほどに乾燥していて、体が砂漠で遭難した人のように水分を求めている。砂漠で遭難した人といっても、僕は創作の話でしか知らない人物なのだけれど。
そんな比喩を頭の中で想像していると、目の前に赤の自動販売機が見える。もしかしたら、その自動販売機は幻かもしれない。と頭に浮かんだ時には僕は思わず一人で、恥ずかしげもなく苦笑した。
結局、これから使うはずだったお金、つまり三千五百円の一端を炭酸ジュースに捧げてしまった。

僕は残り一口となった、黒い炭酸の液体を片手に提げて目的地にやってきた。
真夏の炎天下で少しぬるくなった炭酸にとどめを刺す。ふと、この液体を原始人に飲ませてみたらどういう反応をするだろう、と思いつき想像した。が、その妄想はすぐに打ち切られた。目的地のそばの自動販売機にあるごみ箱を見つけたからだ。
空のぺットボトルをそれに入れると、無意識の内に一つの考えが浮かんできた。
まるで…きっと、いや。
面白味も何もない比喩なんてどうでもいいだろう。僕は比喩を思い浮かべるためにここに来たわけではない。もっと有意義なもののためにここへ来たのだ。
僕は目の前の自動扉の前に近づいて、センサーを刺激する。
ここの自動扉はセンサーがなんだか鈍いらしく、相当扉の近くに体を寄せないと開いてくれない。初めてここに来た時のことを思い出すと、思わず顔が熱くなる。
僕は手に思い出し汗と普通の汗を浮かべて古本屋に入店した。
小説が売っているフロアに向かうために、入ってすぐの階段を上る。一階はゲームなどが陳列されていて、最近はそういうものに疎いので僕には関係がないところだ。
冷房が効いた室内は、入った直後は涼しかったものの、少し経つと僕には寒く感じてしまった。
僕は寒がりなのかもしれない。
そんなことより、階段を上っていたら店員とすれ違った。黒髪のポニーテールの店員。
目が合った。
すると、背筋に冷たいものを感じる。突拍子もない心騒ぎ。
反射的に視線をそらす。
僕の欠点をすべて見抜いた上で僕を値踏みして馬鹿にするような目。そんな目だった気がする。
階段を上がろうとする足が完全に止まる。
自分に何かおかしいところはないか。
そのことだけを頭の中で繰り返す。そらした目線をそのまま僕自身の体に向かわせて、服装は変ではないか、髪型はぐしゃぐしゃになっていないか、表情は、歩き方は、それぞれを実際に触って、頭の中で記憶を辿ってチェックしていく。
汗。
汗はどうなのだろうか。
汗で体のどこかがおかしくなってしまっているかもしれない。
僕は店員に怪しまれないように、なにかの間違いで変な疑いをかけられないように、一般人になりきってトイレに向かった。
空調があまり効いていないトイレで僕は汗をかいていた。その汗は緊張からか暑さからかは、あまりよくわからない。
洗面台の鏡で見る僕はおおむね正常で、おおむね人間だった。もちろん僕はれっきとした人間なのだが。
僕は深呼吸を数回繰り返した後、びしょ濡れの手を備え付きのペーパータオルで拭いて退室した。

僕がここ、古本屋に来た理由は、当然本を買いに来たわけで。なぜ本を買いに来たかと聞かれると、家にある本のストックがなくなった、と答える。
僕は基本的に敷布団の上で小説を読む。それに伴って、まだ読んでいない小説や読み途中の小説は枕元に置いてある。つまり『あっ』とはそういうことだ。
百円の小説が並んでいるコーナーに迷いなく進むと、自分の背丈よりもだいぶ高いそれと向き合う。自室の本棚を連想させるそれは、横方向に何個も連なっている。
その本棚をじっくりと観察しながら気になったタイトルの小説を手に取る。背表紙のあらすじにザッと目を通して、好みならそのままかごへ。という感じで所持金ギリギリまで小説を買うのがいつものルーティーンだ。
これを何回もしていると好きな小説家というものがはっきり分かるようになってくる。が、その人ばっかり買いたくなる気持ちを抑えて今回は知らない小説家の本を多めに手に取った。
我ながら自分をほめたくなってしまう。
よしよし、と通りすがりの少女に頭を撫でられる。僕は身長が低いほうなので撫でられるのは容易だ。
もちろん妄想。
僕は嘆息して、ふと思い出す。
いつかは忘れたが結構前、フィーリングではなく、SNSなどを参考にして小説を買ったことがある。ただ、それ以降SNSを参考にするのはそれでやめてしまった。
顔も知らない他人がおすすめした小説を妄信的に手に取ってみると、僕に、僕の心に面白いほど全く刺さらなかった。紹介していたその人と合わなかったのか、小説と合わなかったのかはわからない。ただ、面白いのだろうな、と読み切った僕はそう感じるだけだった。それを思い返すたび僕の感性が一般人とずれているのかなと、うっすらと自己嫌悪する。
今回は3300円に収まる金額、つまり三十冊を買い物かごに入れてレジへと向った。

 

僕はミスをした。
今回の「ミス」とは女性を示すための「Ms.」ではない。「Ⅿiss」だ。
そのミスは、完全に僕の悪いことであって店員の所為ではあきらかにない。いや、少しはあるかもしれない。
その間違いは、僕を古本屋の前でただ、ただただ、立ち尽くさせた。
その不手際は、目の前を過ぎていく人の関心を集めて、僕の発汗を促進させた。
僕の心は、手の中にある《それ》と同じ様に今すぐ崩れ、崩壊して地べたに這いつくばってしまいそうだ。
とにかく僕はピンチだった。
いっそ店内に戻って店員に声をかけてしまおうか。
僕は一瞬で答えを出す。
それはない。
店内からの冷たい視線を背中で受けているからだ。振り返ってないために確証がないが絶対にそうだと確信している。そんな中に突っ込んでいくなんて人間のすることではない。
というか、僕は店内に入ることができない。
これはどう見られているか、とかではなく。手の中にある物の所為だ。
胸で抱えるようにしてギリギリ持っている《それ》が邪魔をして、というか《それ》を保持するために動くことができない。
言ってしまうと《それ》は《積まれた本》なのだが、振り返って店内に入るとなると本の塔が確実に崩れてしまうだろう。
直近のことだが思い返す。『レジ袋の宣告』を忘れて、店を何事もなく出るということが奇跡だったのだ。自動扉が開いて、一歩二歩。いや、三歩か四歩進んだあたりで本たちが僕の手から抜け出そうと暴れだし。今に至るということなのである。
もうあれをするしかないのだろうか。
ここで一生立ち尽くすよりはいいだろう。
僕は目を瞑る。
そして、覚悟を決ようとする。
もう上限いっぱいの恥をかいていて、これ以上かく恥はないだろう。稀によく聞く、『他人はそれほど自分を見ていない』というやつも実際そうだろう。人間は家に帰ったら外で見たことはだいたい忘れてしまう、どんな美人や美少年や美少女とすれ違ったとしても家に帰ると意識の外に行ってしまう。そして明日には美しい人がいたということも忘れ去ってしまうだろう。所詮他人とはそんなものなのだ。
だが。
だが、行動を起こせない。
もし、僕のことを覚えていたら。その場でSNSで僕のことを友人らに面白半分で拡散されたら、明日、僕を目撃した人の職場や学校でそのことを笑い話にされたら。
僕は動けない。
僕はさっきと変わらずに立ち尽くしている。
というかそもそもの話、今現在の状況でも十分笑い話になる素質はあるだろう。
生き地獄だ。
僕は俯く。
そもそも…と、僕は考える。
そもそも、レジ袋がないことがすべての根源だろう。
当たり前に、好きでここに立って恥を好きで受けているわけではない。
僕は被虐性愛者マゾではない。
だが、レジ袋が必要かの有無を聞かなかった店員も『レジ袋の宣告』を忘れた僕も悪くないのだ。悪いのはレジ袋の有料化を進めた政治家だろう…。
そんな批判めいた戯言をほざいてもどうしようもないのに、と僕は自分自身を非難する。
真夏。古本屋の影の下、太陽から隠れるようにそこに僕はたたずんでいる。さながら案山子だな、と思う。実際、畑の案山子よろしく、立っているだけで人を寄せ付けていない。もちろん不本意であるが。その僕は周りから見たらどれだけ滑稽――
「君、大丈夫?」
僕の憎たらしい独白を遮るように、前方からの潤ったような声が鼓膜を振動させた。
それは、店員と話すために外した片耳のイヤホンのアニソンに交じって聞こえてきた。
僕は何も意識せず何も考えず、顔を上げていた。
「顔色が優れないようだけれど…」
「あぅ…」
これは僕の声。
金髪。透き通るような黄色が目の前で揺れていた。
僕の顔を覗くように彼女の鼻先が近づいてくる。一瞬、外国人だと思ったけれど顔つきは日本人のそれだった。別にそれで何が変わることでもないけれど。
僕と彼女の顔の距離は15㎝の定規かそれよりも近くて、間違えが起きてしまいそうだった。僕が一歩踏み出してしまえば、その間違いは成立してしまう。
なんて無防備な女なんだ。
僕はうそぶいて、平静を装って、心の中で腕を組んでそうつぶやく。
ただ、残念ながら僕にはここで一歩踏み出せるほどの度胸もなかったし、ここで刑務所にぶち込まれる覚悟もなかった。
そもそも、そんな気はない。
僕は何も言えず、目の前にある彼女の顔を思わず凝視してしまう。
小ぶりな鼻にぱっちりとした猫目、そして薄い唇。頬にところどころあるニキビは微妙な赤みを放っている。
僕は彼女の顔を見回す。まるで、同じアトラクションに乗り続ける子供のように何回も、飽きることもなく、何回も。
そして、彼女は目が合った後、若干顔をしかめて視界の下のほうに消えていってしまった。
「あっ」と蚊の鳴くよりも小さな声が出る。喉の隙間から何とか出てきたような、そんな声。
嫌われてしまった。
直感的にそう思う。体が地面に沈んでしまう錯覚を起こした。
口が半開きの僕は彼女が下に消えるに従って顔を動かす。その時、違和感を感じる。すごく恐れていたことをやってしまったような、そんな違和感。
というかこの違和感はもう少し前から感じるべきだった、と思う。
その違和感は一秒もしない内に明らかになった。
そこには彼女がしゃがんで何かを、《それ》を拾っている様子が見えた。《それ》とは言うまでもなく本だ。
ああ。
落としていた。
とっくに崩れていた。
彼女の登場で意識を奪われていた僕は大切に抱えていた、本を崩して落としてしまっていた。
下を向いて彼女の姿がそのまま見えることに抱いた違和感は、手にかかる重みで、本たちが崩れ去る音で気づくべきだった。
それができなくなるぐらい彼女に目を奪われていのかと思うと。なかなかに自分はイカレていると思う。
改めて、下を見ると彼女は地面に散乱した小説たちをせっせと集めている。
数秒。いや一秒、呆然と眺めた後、僕は手伝おうと思い至って、しゃがんだ。
だが、その時にはすでに、同じ高さの塔が二つ建造されており、僕にするべきことは残されていなかった。

© 2026 音無ガガガ ( 2026年2月28日公開

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

「僕のカイラク談」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"僕のカイラク談"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る