9.満腹ノ楽園
〈ヺォォォ……ヺォォォ……〉
街明かりが溶ける黒い水面に、点々と光る青い目。棲み着いた巨大両生類が時おり水を抉るたびに、ベンチに繋いだハルのリードがガツンと張る。
「そんなに美味そうか?」
丸々とした脚で水を蹴って泳ぎ去る池のチキン。特盛カツカレーの乾いた肉を噛みながら、ハルが空にした「狗の晩餐──極」の、金の箔押しがされた缶を袋に放り込む。
「おい、ハル。」
顔だけ振り返りすぐにまた池を見る。厚い革の首輪と一緒にもらった「HALCYON」の刻銘入りのステンレスのタグが、冷たく鳴った。
「帰るぞ。」
†
ハルの爪がアスファルトを小気味良く引っ掻くテンポに合わせ、街灯が等間隔に落とす光の輪をくぐり抜けていく。
光から出るたびに長く薄く伸び、地面から道路脇の塀を這い上がるハルと俺の影。
唐突にスポットを浴びせてくる民家のセンサーライト。ボタンが全部「売り切れ」で真っ赤な自販機。
†
ドアを開けると、足元のガラクタとゴミ、洗濯機に放置した洗い物の匂いが出迎える。
服を上下とも引っ張り出してカーテンレールに掛けると首吊り死体のようになってしまったが、ハンガーがもう余っていなかった。
0時半。重い腹と脚、磨いてない歯を連れてベッドに倒れ込む。
ギシッとスプリングが軋み、ハルがマットレスに飛び乗った。2、3回くるくると回り、その場にうずくまる。
「降りろ。」
マットレスには薄黒いハルの足跡。床の方を指差して声を張る。
「降りろ!!」
弾かれたように立ち上がると、ハルは耳を下げ、汚いものを踏むような足取りで床に降りた。
引きずり落として自分の巣にしてしまった、夏生と選んだオーダーカーテンの残骸にどさっと突っ伏し、「フン」と大きな鼻息。
枕に顔を埋めたまま、スマホの画面に光る夏生からのメッセージを眺めたが、指は動かなかった。
"春09|アイの楽園—俺と彼女が犬に食べられるまでの365日"へのコメント 0件