8. 空腹ノ楽園
襟の伸びたTシャツが風呂上がりの湿った肌に貼り付き、夜気が体温を掠め取る。
隣では、厚手のパーカーを洗濯行きにした犯人が、夜風に目玉を付けたみたいな顔で歩いている。
闇の公園、植え込みに顔を突っ込むハルが執拗に鼻を鳴らす音。首輪の金具が不規則に暴れる硬い音と、リードをかけた手首を翻弄する重さ。
「ハル、こっち。」
石垣の隙間に鼻をねじ込んでいる。リードを小さく弾いて合図。
「ハル、赤。」
通行人が避ける。リードを短く巻き取って握り直し、背筋を伸ばした。
——
「着いたぞ。」
リードを店の前の犬用のポールに繋ぐ。馬が引っ張っても大丈夫そうなやつ。
「待っててな。」
店に入り、598円のカツカレーをレジへ。電子レンジが唸っている間、もう吸わないタバコの番号を探して目が棚を舐める。
店を出るとハルは大人しくポールの横に伏せていた。
「……!?」
緑褐色の柔らかそうな塊が口から垂れ下がっている。
ウシガエルだ。
「ハル、それ、放せ。」
潰れてはいない——が、ハルは顎でその弾力を楽しんでいるのか、カエルの腹が風船だ。たまにゆっくり瞬きしたり、手足をバタつかせている。
「これやる。そっちより美味いぞ。な?」
カツカレーを差し出し一歩詰める。
ハルは素早く立ち上がり、それから弓を引くように後ろ足にバネを溜めた。
俺の目をまっすぐに見ている。
全身の筋肉がコッキングした銃みたいに張り詰めている。
「グルル……」
上下の顎が1センチ狭まる。
鶏皮のようなカエルの皮膚がさらに張り、ハルの牙でグニャリと歪んだ。
「待て!待ってろ、食べるなよ!」
店に戻り、犬用の缶詰、一番デカくて濃厚そうなやつ——890円!
「こっちを食べろ。美味いぞ。ホレホレ。」
蓋を開けてハルの鼻先でヒョイヒョイ。
頭を肩より低くし、腰を溜めたままハルが一歩進んだ。鼻を僅かに動かしている。
「な、美味そうだろ。」
イヤイヤをするように二、三歩足踏みしながら首を振り、ハルはカエルをボトッと地面に落とした。
解放された被害者が死に際のゲップみたいな声を出しながら跳び去る。
俺の腹は、真空に耐えかねた胃袋が物乞いの呻きみたいな音を漏らしている。
"春08|アイの楽園—俺と彼女が犬に食べられるまでの365日"へのコメント 0件