4.嘘ノ楽園
—— MEMORY_FREQ: 432 Hz ——
「え!なに!?えっ!?」
夏生の素直すぎる反応に俺は舌打ちした。聞かれないよう、扁桃体のあたりで。23歳で出会った時から癖になっている。
「SNSで無料。近所だし、こんなチャンス二度とないからな。ハルシオン、来い!」
呼ばれた黒い犬は、勝手に自分の巣にしてしまったカーテンだった布を、ビリッと噛みちぎった。
「犬種は?」
「ウルフドッグ。2歳の雄。」
——「本当にいいの?」と、飼い主の男が顔の右側だけで笑いながらリードを差し出したのを思い出す。
「ハル君、夏生だよ!ナ、ツ、キ。よろしくね!」
この女は、礼節という仮想通貨を犬が受け取ると思っているようだ。
「賢そうじゃん。なんか、秋来に似てるし。」
「似てねえし。」
襞のある硬口蓋が丸見えになるぐらい大きく口を開けて、ハルがあくびをする。「ヒィン……」という音が声なのか吸気音なのかはわからなかった。
「てか」
「なに?」
「27歳のプレゼントだよ。犬飼いたいって言ってただろ。その、子供は無理だし、せめて。」
嘘だ。右上の奥歯が浮いた。
「覚えてたの!?嬉しい!」
嘘じゃない。歯茎が見えてる。
「喜んだ?」
嘘だ。子音の牙が抜けてる。
「うん!喜んだ!」
嘘じゃない。夏生の頬の筋肉には嘘をつく機能がない。俺の首に腕を回し、頬を寄せる。
「よかった。」
……嘘じゃない。同棲して5年、俺はこいつの笑顔にずっと絞め上げられている。
——TUNING: >>> 440 Hz ——
"春04|アイの楽園—俺と彼女が犬に食べられるまでの365日"へのコメント 0件