メニュー

Сколько меньшинств? – How many minorities?

第41回文学フリマ東京原稿募集応募作品

宇和島歳三

マイノリティって、何人まで? に対抗しました。
ぜんぜん違う話になった。

タグ: #SF #ハードボイルド #実験的 #第41回文学フリマ東京原稿募集

小説

8,331文字

ブザーを鳴らす。反応はない。ドアを叩く。
五秒待った。支給されたマスターキーを突っ込む。
鍵がかかった。
施錠なしとは──オートロックシステムが切られている? 不用心だ。開錠してドアを開けた。
入ってすぐの廊下は薄暗い。脱ぎ散らかされた靴がいくつか。数を数える。三人。先のぼんやりとした灯り。
荒れたリビング。割れた花瓶。コーヒーと血の臭い。ついたままのテレビ。ソファに横たわるじいさんと、ラグの上に倒れた男。うつ伏せなので顔は不明だが、若くはなさそうだった。生地という生地が血を吸っている。空気はまだ澱んでいない。糞尿の臭いもない。死にたてか。
奥のドアを開ける。寝室。花のむっとした香り。柔らかな色の照明の下にばあさんが眠っている。資料によればこれがアルファだ。首筋に手を当てがう。脈はない。事切れて半日というところだろう。ほどこされた化粧。ばあさんから離れる。
もうひとつの部屋。殺風景な書斎。科学の進歩は少数のために。皇帝万歳。芸術的なポスター。机の棚には科学書。花の図鑑。その中に年代物のアルバムを見つけた。革製の表紙。モスクワ科学アカデミーの印章。2233年とある──半世紀前の遺物。開いた。色褪せた写真が貼り付けられている。男女と犬。宮殿。白衣の男と立派な建物──アカデミーだ。その中にカラー写真が挟み込まれていた。ばあさんと黒髪の少女。三千ルーブル分の紙幣に血統証明書。
アルバムを置き、俺は携帯を取り出した。ボタンを押す。
「こちらオペレーター三番です」
「二十五番だ」
「こんにちは二十五番。スケジュールを確認します。──資料番号3048、モスクワの国民団地の件ですか?」
「そうだ。アルファを含め、死者がいる。三名だ」
「了解しました。では管轄の──」

 

「──二十五番?」

 

背後からの声に振り返る。黒髪の女が立っていた。俺を見て、女は驚いたような顔をした。「なんで?」言葉の意図がわからない。俺は首を傾げる。なんで? 女はなおもつぶやく。部屋着に古ぼけた外套、ブーツという出立ち。手にはナイフを握っている。
「なんで? 二十五番は死んだはず」
女は言った。「管轄を引き継いだ。俺は四番目だ」
「なんで? きもい。えっ、じゃあ、あんたも……前のとおんなじってわけ?」
俺は携帯をポケットにしまう。
「前任者のことは知らない。業務は同じだ」
女は鼻を鳴らす。侮蔑の目つき。「業務? まじで言ってんのかよ──人殺しのくせに!」
意味がわからない──そう返す前に女が飛びかかってくる。横合いから振りかぶられる右手のナイフ。アルバムを掴んだ。かざして刃を受ける。女は手応えに怯んだ。後方へ飛び退く。
アルバムを手に女へ一歩、踏み込んだ。「ちくしょう」女は血走った目で俺を睨んだ。ナイフを身体の前に構えて、じりじりと後ずさる。アルバムを床に落とし、俺はすばやく女へ近づく。
「来るな、人殺し!」振り回されるナイフの刃が制服を裂く。その右手首を掴んだ。反対の手でナイフを奪う。か細い悲鳴。その瞬間、視界にノイズが走った。ナイフを部屋の隅に放った。力任せに女の身体を壁に押しやる。膝を蹴られる。頬を打たれる。構わず、女の右肩を壁に押し付け、背を擦り付けるようにして床に沈めていく。呻き声。女は顔を歪めて、──叫んだ。
頭の中が揺らぐ。走り回るノイズ──高周波だ。チリチリと目の裏が音を立てる。女が手足をばたつかせる。俺の背が蠢く。熱を持ち、服を内側から押し上げる。目の下が痙攣する。背から熱く、ぬるりとしたものが束となって皮膚の上を通る。服の袖、襟、裾から飛び出す絹糸のような繊維が幾重にも連なり女の四肢に絡みつく。
「なによこれ!」
女の声は震えていた。
「これか。生まれつきだ」
「嫌だ、やめてよ、離して!」
女はなおも叫び続ける。身体の奥が軋む。繊維の束は怯まない。女の口を覆っていく。
「大人しくしろ、危害は加えない」
女の目が左右に動く。「わかったか、わかったなら離れる」
女は頷いた。
口を塞いでいた幾千もの絨毛が引いていく。粘ついた液体が女の顔に残った。全てが背中に収まるのを待ってから俺は女から身を離す。女は呆然としていた。その腕を掴んだ。
「大丈夫か」引き上げて立たせた。
「さ、触らないでよ、気持ち悪い」
手を離す。女は身を引く。口元を服で拭う。自身の手足を見て顔を歪めた。服に染みた黒ずんだ跡。
「あんた、なんなの。に、人間じゃないし──第一、オマワリは、ひとんちに勝手に入って良いっての?」
「調査のためだ。正当な手続きは踏んでいる。死体があった──あれもだ」
床の上。アルバムから飛び出した証明書を示す。女は怪訝そうにつまみ、引っ張り出す。
「なにこれ」
皇帝の子孫であることをここに証明する──そこにはそう書かれている。
「犯罪容疑は詐欺と殺人だ」
「は? なにそれ。私はなにもしてない。こんなのも知らない」
女が証明書を見下ろし、床に捨てた。俺は手錠を取り出す。
「やだ、やめてよ」
近づく──女が身を引く。俺は手首を掴んだ。
「やめて。わかった、手錠はやめて。逃げないから」女の目が動く。視線の先──ナイフ。

女を見つめる。
「わかった、本当にわかったから」

女の手首を離し、ナイフを拾った。手錠を納め、凶器をポケットに落とし入れる。
「連絡は入れた。関係機関が来る。それまで待機だ」
「待つの? あんたと?」女はそう言って壁まで離れた。俺はそれなら、と口を開く。「今から向かうことも──」
ポケットから警告音。何だ? 俺は携帯を取り出す。通話中のままだった。ボタンを押す。切れない。耳に当てる。「生体反応を確認しました」オペレーター。
「音を止めてくれ」
「二十五番の声紋認証を確認しました。ボタンは正常に操作できます」
女から目を離さずに通話を切る。音も消えた。「何なの。あんた、あんたら、何なの。二十五番は死んだはず。あんたは死んだはず」俺は首を傾げる。俺が死んだ? 理解できなかった。どうにかこの状況から逃げ出したいのだろう。だがそうはいかない。ドアを閉め、身を屈める。アルバムを拾い上げた。挟み込まれていたカラー写真を見せる。「これはお前だな。証明書は誰が作った?」
「言ったでしょ、そんなの知らない」
「皇帝の子孫を名乗るのは重罪だ。殺人よりも重い」
「知らないったら! ばあちゃんが死んで……じいさんたちだって、さっき……さっき帰ったら死んでた! あんたがやったんだろ?」
「言い逃れはよせ。俺は調査に来ただけだ。アルファの生体反応が消えたから」
「なんだよアルファって?」
女を見つめ返す。俺は首を傾ける。既視感。違和感。
「な、なんだよ……」
俺はアルバムをめくる。古い年代の写真、礼装姿の美しい女。驚くほど似ている。背中がざわつく。「アルファは人工生命体だ。俺と同じ──」
「嘘つくな!」
女の甲高い声が鋭い波状を生み出す。俺は焦点を失う。後ろによろめいた。耳の後ろで焦げたような音。女は訝しむような顔をした。俺は息を吐く。回路の焦げた気配はない──ゆっくりと歩み寄った。アルバムを開いて見せる。
「これを見ろ。似ているなんてものじゃない。同じだ。お前はばあさんの遺伝子から作られた。お前もアルファだ」
女は難解な表情をした。苦悩、悲哀、……懐古。知らない。呟きが落ちる。

この作品の続きは外部にて読むことができます。

© 2025 宇和島歳三 ( 2025年10月14日公開

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

「Сколько меньшинств? – How many minorities?」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"Сколько меньшинств? – How many minorities?"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る