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おばあちゃんが世界を救った

第41回文学フリマ東京原稿募集応募作品

破滅派

(バカSF × 古典構造 × 相撲要素も可)
宇宙を股にかけた戦争を止めたのは、寝たきりの関西弁のおばあちゃん。その“方法”とは…。

タグ: #AIが生成 #SF #第41回文学フリマ東京原稿募集

小説

3,891文字

グロルピアン艦隊とザイラックス連合の永劫にも思える戦争は、人類の歴史という概念が生まれる遥か以前から続いていた。惑星規模のドレッドノート艦が時空そのものを歪めるエネルギー砲を交わし、哀れな衛星は砕け散り、星雲は沸騰して宇宙の塵と消える。その戦いに大義はなく、あるのはただ、相手を殲滅するという純粋な破壊衝動のみ。そして今、その二つの巨大な暴力が、太陽系という辺境の渦中で決戦を迎えようとしていた。地球は、二頭の巨象の足元で震える蟻に過ぎなかった。

その宇宙的カタストロフの喧騒とは無縁の場所が、大阪市西成区の、とある総合病院の一室にあった。宇宙戦艦の波動砲が発する絶叫は、規則正しく鳴る心電図モニターの電子音に、星々が砕ける断末魔は、窓の外を走る大阪環状線の遠い走行音にかき消されていた。

「健司、あんたまた痩せたんちゃう? 顔色、土みたいやで」

ベッドの上で身体を起こした老婆、田中スミ子が、孫の健司に鋭い関西弁で言った。八十八歳。彼女の世界は、点滴スタンドと枕元の小さなテレビ、そして窓から見える通天閣のてっぺんによって構成されている。

対照的に、孫の健司は国連宇宙防衛軍の作戦司令官という、地球の命運を背負う重職にあった。糊のきいた制服は心なしかよれ、その顔には数日寝ていない人間の絶望が色濃く浮かんでいる。彼は震える手で持ったデータパッドを示した。

「おばあちゃん、聞いてくれ。グロルピアンとザイラックスの艦隊が、あと四十八時間で太陽系に到達する。僕たちの計算では、戦闘の余波だけで地球は…」

「ここのお粥、味せんからって、ちゃんと食べなあかんで」

スミ子は孫の言葉を遮り、ベッド脇の配膳台に乗った、手つかずのお粥を顎でしゃくった。

「そんな話より、あんたのその目の下のクマの方がよっぽど世界の終わりやわ。ほれ、テレビのリモコン取って。大相撲、もう始まる時間や」

 

健司は言葉を失った。人類滅亡の危機を前に、祖母は病院食の味付けと大相撲の放送時間を心配している。しかし、その揺るぎない日常こそが、彼が守ろうとしているものの象徴であるかのように思え、彼は黙ってリモコンを手渡した。テレビ画面には、満員御礼の垂れ幕が映し出されていた。

健司は、それでも説明を続けた。人類がこれまで、いかに無力であったかを。時空を歪曲させて和平交渉を試みた「アインシュタイン・ローゼン計画」。人類最高の芸術であるベートーヴェンの第九を宇宙に流し、知性に訴えかけた「ナイチンゲール計画」。その全てが、巨大な暴力の前では意味をなさなかった。彼らは人類の存在など意にも介さず、ただ互いを破壊するためだけに突き進んでくる。

スミ子は聞いているのかいないのか、時折「あぁ、そうかいな」と気のない相槌を打ちながら、視線はテレビに釘付けだった。画面では、東の横綱が荘厳な土俵入りを披露している。

「…あらゆる物理法則、外交努力、軍事戦略は尽きた。もう、僕たちにできることは何もないんだ」

その時、健司のデータパッドがけたたましい警告音を発した。最終防衛ラインが突破されたという絶望的な通知だった。二つの艦隊は最終軌道に乗り、もはや衝突は避けられない。地球は、その衝突点に位置していた。健司は椅子に深く沈み込み、顔を覆った。

「終わりだ…おばあちゃん、もう、終わりだよ」

静寂が病室を支配した。聞こえるのは、モニターの無機質な音と、健司の押し殺した嗚咽、そしてテレビから流れる拍子木の乾いた音だけだった。

しばらくして、スミ子が弱々しいながらも、凛とした声で言った。

「健司、顔ぉ上げ」

健司がゆっくりと顔を上げると、祖母はテレビを、その細い指でまっすぐに指していた。画面の中では、横綱が大きく四股を踏み、土俵を浄めている。

「見ぃ、健司。あのお相撲さんの『品格』ちゅうもんを。ただ強いだけやない。土俵は神聖な場所や。神様が見てはるんやで」

スミ子の声には、いつものようなからかいの色はなかった。

「土俵を清める塩、悪霊を払う四股、相手への敬意。それがあってこその大相撲や」。彼女はため息をついた。「最近は、勝てばええっちゅう、品のない相撲が増えたわ。張り手やかち上げも、横綱が使うてええ技やない。相手への思いやりがないねん」。

そして、彼女は健司のデータパッドに映る、禍々しい二つの艦隊のアイコンに目をやった。

「あいつら、土俵の上がり方も知らんのやろ。そら、勝負にならんわ。ただの喧嘩や、あんなもん」

健司には、祖母が何を言っているのか、まったく理解できなかった。だが、その言葉には、人類の科学が到達できなかった、何か根源的な真理が含まれているような気がした。

 

健司が呆然と画面を見つめていると、スミ子はベッドの上で少しだけ背筋を伸ばした。その声はか細いながらも、まるで相撲部屋の女将のような、有無を言わせぬ響きを帯びていた。

「健司。わしの言うこと、一言一句違わんと、あいつらに伝えなはれ」

「え…?」

「ええから、はよしなさい。時間ないんやろ」

スミ子は、これから人類を救うための、あまりにも突拍子もない「作法」を口にし始めた。それは和平交渉でもなければ、降伏勧告でもない。それは、第一回「宇宙大相撲」本場所への、正式な招待状だった。

健司は半信半疑のまま、祖母の言葉を必死でデータパッドに打ち込み、超広域通信で両艦隊に向けて発信した。その内容は、以下の通りであった。

一、土俵について。両艦隊の中間にある宙域を神聖なる土俵と定める。土俵内へのいかなる兵器の持ち込みも禁ずる。

二、四股について。両艦隊は同時に、主推進機関を下方へ短時間噴射し、時空の邪気を払う「宇宙四股」を執り行うこと。

三、塩撒きについて。土俵を浄めるため、両艦隊は備蓄する希少金属(イリジウム、白金が望ましい)を微粒子化し、土俵全域に散布すること。

四、立ち会いについて。号令と共にゆっくりと前進し、土俵中央で接触する寸前、互いの健闘を祈り、艦首を同時に下げる「礼」を行うこと。

そして、最も重要な最後の条項。

五、勝敗について。この勝負、相手を破壊したものを勝ちとはしない。一連の儀式を、より荘厳に、優雅に、そして「品格」をもって執り行った艦隊を、勝者とする。

「…なお、行司はわたくし、田中スミ子が務めさせてもらいます」

通信を終えた健司は、額の汗を拭った。正気の沙汰ではない。これは司令官の職権乱用どころか、人類史に残る狂気の行動だ。だが、もう他に打つ手はなかった。

宇宙防衛軍司令部はパニックに陥った。しかし、そのパニックは、すぐに驚愕へと変わった。

沈黙を続けていたグロルピアンとザイラックスの両艦隊から、ほぼ同時に返信があったのだ。

『その挑戦、受けて立つ』

何千年もの間、力と破壊のみを信奉してきた戦闘種族にとって、そのあまりに異質な「儀礼による決闘」という概念は、理解を超えた、しかし抗いがたい魅力を持っていたのかもしれない。彼らの文化にも、忘れ去られた太古の儀式があったのだろうか。あるいは、ただ純粋に、この奇妙な挑戦に戦士としての好奇心を刺激されたのか。理由は誰にも分からなかった。

 

宇宙は、息を飲んだ。地球から観測される二つの光点が、ゆっくりと動きを変え始めた。

まず、都市ほどの大きさもあるグロルピアン艦隊の旗艦が、その艦底に並ぶ無数のスラスターを一斉に噴射した。凄まじいエネルギーの波が、不可視の津波となって宇宙空間を駆け巡る。まるで、見えざる邪気を踏みつけるかのように。遅れて、有機的なフォルムを持つザイラックスの艦隊もまた、完璧にシンクロした壮大な「宇宙四股」を披露した。

次に、両艦隊から眩い光の雲が放たれた。それは、この神聖な戦いのために撒かれる「清めの塩」。何トンものプラチナとイリジウムが、陽光を浴びてダイヤモンドダストのように煌めきながら、漆黒の土俵を浄めていく。

そして、運命の立ち会い。

二つの巨大な艦隊は、破壊のためではなく、儀礼のために、ゆっくりと、荘厳に、互いに向き合って前進する。地球の誰もが固唾を飲んで見守る中、両艦隊は土俵の中央線でピタリと動きを止めた。

一瞬の静寂。

次の瞬間、グロルピアンの無骨な艦首と、ザイラックスの流麗な艦首が、まるで申し合わせたかのように、ゆっくりと、深く、お辞儀をするように傾いた。

それは、人類が目撃した、最も美しく、最も敬意に満ちた光景だった。

何千年にもわたる憎しみと破壊の連鎖は、その一礼によって断ち切られた。互いの完璧な儀礼遂行能力に畏敬の念を抱いた両種族は、もはや戦う理由を完全に見失っていた。

『この「品格」の闘い、我々の負けを認めよう』
『いや、貴殿らの「四股」こそ見事であった。停戦に同意する』

ほぼ同時に、両艦隊からそんな通信が届き、銀河を揺るがした大戦は、あっけなく幕を閉じた。

病室では、健司が祖母の手を握り、号泣していた。「おばあちゃん、ありがとう…!世界を、救ってくれて…!」

世界中が「大阪の奇跡」に沸き立ち、スミ子の病室の前には各国の首脳からの感謝のメッセージが殺到していた。

しかし、当のスミ子は、そんな喧騒にはどこ吹く風で、健司の手を振り払うと、配膳台の夕食を箸でつついていた。

「なんや、大げさな。礼に始まり、礼に終わる。当たり前のことやないの」

そして、心底不満そうな顔で、健司を見上げた。

「それより健司、この炊いたん、味付け薄いわ。あんた、帰りに『はり重』でええ肉買うてきてくれへん?」

世界を救った英雄は、宇宙の平和よりも、今晩のおかずの味付けの方に、よほど深刻な関心を寄せているようだった。

© 2025 破滅派 ( 2025年9月9日公開

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