高校三年の冬。センター試験も終わり、誰もが次の段階への準備をしていた。そんな日の帰り、先生がひとりの高校生を呼びだして言った。「お前は就職も決めず進学も決まってないじゃないか。お前だけだぞ。どうするつもりか言ってみろ」高校生はついに言った。「先生、僕にはどうしてもなりたいものがあるんです」先生は初めての具体的意思表示に驚いた。「なんだ、教えてくれ」高校生は唇を震わせ言った。「僕はどんな手を使ってでも英雄になります」「エイユー。あっそう。それならそうと早く言えよ。ちょうどいいのがあるんだよ」とそっけなく言ってパソコンを開きカチャカチャやって何かをプリントアウトした。「ほれ、ここ行ってみろ」高校生はそれをみて愕然とした。そこには英雄学校なるものの入学説明会のお知らせが書いてあったのだ。「あ、いや、だって英雄ってゆーのはこんなんじゃなくてもっと漠然としたものだと思うんですけど」「は? じゃあなに? 君は将来漠然としたものになりたいの?」「いや、ちゃんと英雄です」「でもどうすれば英雄になれるか知らないんでしょ? いるんだよそうゆう奴。具体的な夢を持つことによって同じ夢を持つ他人と比較して敗北し自我が崩壊していくのを恐れて漠然とした夢ばかり語る奴な。まあ、そういう奴のためにこういう学校があるんだけどね」高校生は心を見透かされてしまった。そしてなによりも、同じことを考える奴がたくさんいて、ご丁寧に学校まで設立されているのに情けなくなった。パンフレットで英雄学校の校長と思われるおっさんが微笑んでいる。先生はこれでようやくクラス全員の進路が決まったと安心し、たばこを吸いながら「で? 行くんでしょ?」と言った。高校生は、こんなおせっかいな学校は徹底的に批判してあわよくば破壊してやろう、これこそが英雄的行動だ。と考え、「もちろん行きます」と言って帰宅していった。先生は夕陽に照らされニヤニヤしていた。
入学説明会当日、高校生は鞄に拡声器を入れ、英雄学校に向かった。最寄り駅で指示された小型バスに乗り込んだのだが、乗り合わせた人を見て驚愕した。見た目は善人としか見えない温厚そうな人達なのだが、ドン・キホーテを読んでいたり、ゲバラ日記を読んでいたり、なにやら中国式簡単字で書かれた赤い本を熟読している人もいる。本を読んでいない人はというと、日の丸弁当をむさぼり食っていたり、なにかの儀式だろうか、細い棒を何本も両手に挟んでジャリジャリ転がしている。全員で十三人だった。そして、バスに乗ったときにすでに気付いていたのだが、運転手がパンフレットに載っていた校長らしきおっさんだった。
学校。そこはおそらく廃校になった校舎をDIYで改修したのだと思うのだが、散々なアイデアで覆われており、歓迎の垂れ幕、カラフルな石畳、壁一面に書き殴った絵画、廊下に並べられた石像。どれをとっても三流のできばえで、見ている人間に遺憾の意を持たせた。
十三人はさっそく校舎を案内され展示室につくと、なぜかホワイトハウスのミニチュアが置いてあって、その横に内部の見取り図があった。手書きであるのは間違いなく、アラビア文字で解説のようなことが書いてある。その向かいに展示されているのはでかい斧で、『アックスカリバー』と表示してある。その隣には柴犬ほどの大きさの鉄の塊があって、『雷管は抜いてあります』と書いた紙が貼ってある。ライフルも置いてある。校長らしき人は「これはモデルガンだから」と言ったが、自称ガンマニアだというやつが「このモデルはまだ発売されていないはず」と小さい声で呟いていた。次のブースに行くと今度は一風変わって『ボランティアの記録』とあり、生徒らしき人達の写真が紹介されている。海岸で重油をバケツリレーしているところや食料を積んだ軽トラで被災地を訪れているところ。樹海らしきところで横一列に並んでローラー作戦を発動させているところ。ヘルメットをかぶり鉄パイプを持って警官隊と向かい合っているところ。その後もめにもめたところ……。端に表彰式の写真と額にはいった賞状があったので、「これはなんですか?」と聞くと校長らしき人は「自販機荒らしを捕まえたんだ」とこたえた。高校生達はしだいに、この学校は本当に英雄を世の中に輩出する機関なのかもしれないと思いはじめた。
展示室をでて二階にあがると「ぴこーんぴこーん」聞こえだした。その音を発生させているのは屋上のアンテナにつながったコンピューターで、まさしくレーダーだ。隣のパソコンの前では老人が座っていて、ヘッドホンに聴き入っている。画面はどこかの国の衛星写真が表示されていて、写真かと思って見ていたら大型の車両らしきものが動いたので、リアルタイムの映像であることが知れた。どこの国か特定しようとしていたら「ここはここまで」と言って次のブースへ押しやられた。
次に見せられたのは簡単な棒グラフで、『献血の記録』とある。グラフを読みとると、二十人ほどの名前があり、みんなゆうに三十回はこえている。一人ずば抜けて百五十三回を記録している。「えへっ、これ私」と言ったのはもちろん校長らしき人だ。「400ミリしか採ってくれんのよね。1リットルはいけるはずなんだがなぁ」記録は更新中だ。
最後に実験室を見ることになっていたのだけれど、校長らしき人がそのドアを開けるとモクモクと白煙が吹きでてきて、それと同時にさまざまな言語で怒声があがり、白煙からぬっと巨大な手がでてきてドアを閉めてしまった。校長らしき人は振り向いてにやにやと笑った。
常識はずれの校内見学は終わり、体育館に案内され横一列に整列させられた。そして、やはり校長だったあの人物が壇上にあがり、演説をはじめた。「え~、私がこの英雄学校の校長です。みなさんが今日この場に集まったということは一種の英雄的行動であります。なぜなら、普通、人は『英雄になりたいという欲望』を持ってしまうものですが、大半の人は世間体を気にしてそれを抑制して生きることになります。みなさんはそれを壊してみせた。この学校にきたというだけで世の中に対し、英雄主義の需要をしめしたことになるのです。世間から偏見の目で見られるかもしれないというリスクをおって行動したことは、きっとあなた達の心の核となる。なぜなら、世界を動かしてきた人間は、常にその時代の異端児だからです。これは歴史が証明している。笑われて、罵られて、辱められて、侮辱される。こういう一般人に理解しがたい行動こそが英雄を生んできました。そして、英雄になる方法は無限にある。正解などは存在しない。この学校では数多くの歴史を参考に英雄になるための心構え、行動哲学、民衆の心をつかむ演説力を学習し、選択科目で兵法、政治学、環境学、ネオサイエンスを学べます。きっとあなた達の未来はここで養われた強力なヒロイズムによって永遠に輝くことでしょう」校長が合図をすると、信じられないほど首の長い女性がゆらゆら入ってきて、入学案内の書類を配り始めた。みんなはじめて見る首長族に唖然としていた。空気に一瞬だけ間があいた。高校生はやるなら今しかないと思って、鞄から拡声器を取りだし、スイッチを入れ、「うらーうらうらー」と叫んだ。ウーハーのかかった声が体育館を震わす。皆はじっと見つめて動かない。校長だけはにやにやしている。それを見て鶏冠にきた高校生は言った。「あのなぁ、英雄ってのは学校通ってなるもんじゃねーでしょ。もっと、こう、溢れだしてくる衝動的なもんでさぁ、とにかく教え込まれるようなもんじゃなくない? だってホントにそれで英雄になれたとしても民衆に英雄学校に通ってたってことがバレたら、な~んだってなっちゃうじゃない。それじゃ嫌なんだよ。それにもっと言うと英雄ってのは自分の命を犠牲にして何かを成し遂げるべきであって、生き残ってちゃいけないと思うんだがなぁ。なんだよ首長族の人まで雇ってさぁ。グローバルなことをアピールして入学させようと思ったの? だいたい校長のあんたが無名じゃねぇか。説得力ねーんだよ」高校生はハァハァ言いながら気持ち良くなっていると、首長族の女性が、カタコトの日本語で「アナタ、チガッテル。アノヒトハ、テンアンモンジヘンノ、ムメイノエイユウ」えっ!? 十三人は跳びあがった。「も、もしかしてあの立ちふさがった人?」首長族は長い首でこっくんと頷いた。高校生はしまったと思った。校長はとっくに世界を変えていたのだ。バスの運転手なんかやってるもんだからなめてかかっていたのだ。土下座して謝りたいと思い、ひざまずいた。しかし、いや、まてよ、と思った。確かに世代的には校長は合っていると思うが、本当に本人なのか? こればっかりは証明できない。身内で話を合わせているだけかもしれない。高校生は立ちあがり、「証明できんすか?」と言った。校長はやれやれといった感じで「証明はできない。私の場合は証明できないからこそ英雄なんだ。わかるだろ?」「ふ~ん、じゃあ僕にとっちゃあんたはただのおっさんだよ。別にこんな学校に入学しようとは思わないね。みんなも帰ろうぜ」みんなガヤガヤしだした。「確かに証明できないんじゃなぁ」「でもあの人なんかオーラあるぜ」「でもなんで日本にいるんだ?」「確かネットにあの後死んだって書いてあったような」そんなことを話していたら、校長が体中を紅潮させ、ふるふると唇を震わせながら静かにしゃべりだした。「実は、こないだ、ついに、思いついたんだ。英雄に、なる方法を」「な、何ですかそれは?」「いや、言うことは、できない。しかし、もう、すでに、行動している。過去の、私を、どう思ってくれても、かまわない。が、これからの、私を、見ててくれれば、すべて、わかるはずだ」ただならぬ校長のしゃべり方と表情に、みんな静まりかえった。
十三人は信じる派と信じない派に半々に別れた。そしてタクシーが呼ばれ、信じない派は帰宅する事なった。帰りの車内で英雄学校のことを批判していると、運転手が言った。「あそこの学校は近隣ではあきれらてるんですよ。入学者なんて毎年二、三人しかいないのによくやってけるな、なんて言われてますよ。国もよくほっときますよねぇ」高校生は「ほんとっすね」とこたえて笑った。
翌朝の朝刊だった。一面に、国際平和維持機関の新議決案が掲載されていた。内容はこうだ。『世界平和を守るため、すべての人種、民族、宗教、国家の代表に微量の血液を提供してもらい、それを一つの瓶にいれ混ぜ合わせ、永遠に保存します。それを国際平和のシンボルとして世界の宝とします。血液によって世界は統一されるのです』
この案は圧倒的な世論の支持を得た。そして考案者である人間が発表された。あの校長だった。半年前からこの案のために世界中に手紙を送り続け、いろいろな機関と交渉してきたらしい。そして、一週間ですべてはととのってしまった。オバマ大統領、エリザベス女王、天皇陛下、金正日、カストロ、ヨハネパウロ、ダライラマ、ビンラディン、カダフィ大佐、満州族、アイヌ民族、オロチョン族、すべての移民の代表者、などのすべての思想、国籍、肌の色、目の色、言語、をまるめこんで、人類のすべてに関係のある一つの真紅の液体ができあがってしまった。
……世界中の都市でパレードが開かれている。ブラジルでは上半身裸の女が狂ったように踊り、中国ではビルから常識はずれの量の花火を狂ったように噴出させ、渋谷の交差点では若者達が狂ったようにハイタッチを繰り返している。全世界同時中継されたテレビジョンの中で、校長は国連総本部にいて、笑顔のライス国連大使と笑顔のパン・ギフン国連事務総長を横にしたがえ、左手に持った真紅の液体を世界中に披露している。テレビの前の人類が世界統一の声明が発表される瞬間を待ち望んだ。校長は笑顔のみんなにうながされ、世界中の人達が見守る中、マイクの前でしゃべりだした、「えっとね……本当はこんなもので世界を統一させるのは不可能なんだ。なぜなら人間には必ず妬みというものがあって、統一を嫌う人間も存在してしまうからだ。しかし、私はそんな人達もひっくるめて世界を統一させる方法をとっくに考えついていたのだ」そういうと校長は急に爆笑し、なんと、おかしなことに、信じられないことに、残念なことに、嫌がるライスとパンを無理矢理に皿の上にのせ、テーブルに並べ、すばやく真っ白なナプキンを胸にぶら下げ、左手に持った瓶のふたを開け、「トマトジュースは身体にいいからね」と言って、グイッと一気に飲み干し、にやにやしながら「これで俺が世界の王だ」と言った。
あっ!? その瞬間、世界は一つの同じ目的を持った集合体になった。『その大馬鹿野郎を殺せ』とすべての人が叫んだ。モニターに映る校長は、恍惚とした表情でまわりを見渡していたのだが、人類を代表するいろいろな肌の色の腕に組みつかれ、振り回され、叩かれ、首を締められて苦しそうな顔をしているところでバチッと画面が真っ暗になった。……突然に黒いテレビ画面に反射された自分の顔は、恐ろしいことに笑っていた。
校長は偉人達でさえなしえなかった、世界統一という人類の最終目的を実現させた。ほんの一瞬ではあったけれども、確かに、間違いなく。
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