『異常論文』特集でSNSを活用した編集手法(編集者とSNS上で企画会議するノーガード戦法)で耳目を集めつつ、その第二弾である「SF好きから名前だけはよく聞くけど手に入らない絶版本特集」で炎上し、沈黙を保っていた樋口恭介だが、突如セルフプロデュースの電子書籍を公開した。樋口にとっては初のKDP出版となる。先行公開作品として、SNS炎上体験を元にした「国際道徳基準変動通知」が無料公開されている。

収録は全17編。展示やワークショップなどで書いた単行本未収録作品の他、樋口らしい言語実験作品「物語の誕生」、作家自身の体験を元にしたと思わせる私小説的作品など、内容はバラエティに富んでいる。

とくに「工場」「野球」などは、SFというよりは「書くこと」をめぐる私小説といった趣で、保坂和志のような純文学の書き手に通じるテイストだ。翻って見ると、こうした横断的な作風の書き手が存在していることは、いま隆盛を極めているSFというジャンルフィクションの強みでもあるだろう。

樋口は作品発表の経緯について回答している。

「なんか思いついちゃって書いたけど、これは商業媒体に持ち込んでも掲載されないだろうな、でもnoteとかに掲載して無駄に拡散されて絡まれても嫌だな」と思って、出し先がないのでそのままGoogleドキュメントのリンク〔※「国際道徳基準変動通知」のこと〕をTwitterに流したらけっこう面白がられて、ニーズがあるんだなーと思い、それなら、似たようなお蔵入りになってる商業誌未発表作品をなんかの形で自分でまとめよう、と思い、こうなりました。

しかしKDP、簡単すぎてびっくりしちゃいました…。Word流し込むだけでできちゃうんですね…。

twitterのDM

すでに商業デビューを果たした作家があらためてKDPで電子書籍を発表するケースは珍しい。作品を書くのも衝動的なら、それらを電子書籍にして発表したきっかけも衝動的だ。SNSの普及により、過去に訴求して断罪をされる可能性がある息苦しい現代において、樋口のようなあっけらかんとしたタフネスは必要なのかもしれない。

なにより、ときにトラブルに見舞われながらも不死鳥のように復活する樋口の姿に励まされる書き手は多いだろう。長い人生において、作家が一線で活躍できる期間はあまりに短いのだから。

樋口はすでに次作『生活の印象』も電子書的として公開予定だ。こちらは炎上事件後、SNSを控えていた樋口がひっそりとGoogleドキュメントに書き連ねていた断章形式のエセーが元になっている。販売開始は2022年6月4日を予定している。