北海道立文学館では、創立50周年記念特別展として「《サハリン島》2017―アントン・チェーホフの遺産」展を開催中だ。旅行記『サハリン島』で知られるチェーホフがサハリンに滞在した際の足取りや、「地獄」と評された囚人たちの暮らし、そして先住民や日本人島民との交流の模様も紹介されている。道立文学館ならではの企画展といえるだろう。

『かもめ』『桜の園』などの代表作をもつアントン・チェーホフは、19世紀後半に活躍したロシアの劇作家・小説家だ。しかしその名声を揺るぎないものとしたのは晩年のことで、若いころのチェーホフは「生活費のため」と割り切って軽いユーモア短篇ばかりを執筆していた。そんな作家生活の転機となったのが1890年、30歳のときのサハリン訪問だといわれている。そのころサハリンは流刑地として使用されており、チェーホフは流刑囚たちの生活実態に突然興味をもったのだそうだ。

1890年は樺太・千島交換条約が締結されてから日露戦争開戦までのあいだの期間で、サハリンは全島がロシア領だった。そのためチェーホフの上陸に障壁はなかったが、まだシベリア鉄道もない時代とあって、モスクワからサハリンまでの移動には3か月も要した。その後サハリンで3か月を過ごし、さらにまた3か月かけてモスクワまで帰ってきたわけなので、チェーホフはこの旅行に9か月を費やしたことになる。

それだけの時間と労力をかけて書かれた本だけに、旅行記『サハリン島』はチェーホフの著作のなかでも特に肝煎りの作品となっている。3か月の滞在中に調査した住民は1万人とも言われ、流刑囚たちの苛烈な生活を余すところなく記録することに成功した。他方で、それまであまり知られていなかった先住民の暮らしまでが克明に記されており、文化人類学的にも貴重な資料となっている。一般的には旅行記だと説明される『サハリン島』だが、現在の感覚でいえばルポルタージュ的な性格の強い作品だといえるだろう。

本展では、そんな『サハリン島』の初版本や住民調査カードのレプリカなども展示されている。ほか、サハリンを題材とした日本文学や絵画、先住民族に関する資料も多く揃えられており、ここ150年あまりのサハリンの歴史を俯瞰することのできる貴重な機会ともなっている。会期は11月19日までとまだまだ長いので、遠方からもぜひ足を運んでみよう。