第157回直木賞を受賞した佐藤正午『月の満ち欠け』の出荷方式が、従来の買い切り制から返品可能な委託販売制に切り替えられていたことがわかった。同書を発行する岩波書店は買い切り制での出荷が原則だが、今回の変更はより多くの読者に作品を届けるための英断とみられる。

大半の大手出版社では、書籍・雑誌を小売店に出荷する際には委託販売制を採用している。委託販売制であれば配本した段階では金銭の授受が発生せず、売れなかった書籍・雑誌の返品も自由となっているため、小売店側がリスクを負うことなく話題作を大量入荷することができる。出版社側からしても、売れ筋商品をより多くの消費者の目に触れさせることに繋がるというメリットがあった。

一方、専門書の扱いがメインの出版社の場合は事情が大きく異なる。もともと購買層が限られている商品だけに、小売店側も大量入荷する必要はないし、出版社側も確実に売上が見込める程度の部数しか刷らない。こうした性質の書籍・雑誌については買い切り制のほうが実情に沿っており、学術書の刊行が多い岩波もこちらの方式を採用していた。

だが、今回ばかりはその出荷方式が販促上のネックとなってしまった。『月の満ち欠け』は、岩波から生まれた初の直木賞受賞作だ。出版不況といわれて久しい昨今にあっても、直木賞受賞作はその話題性だけで数十万部の売上が見込める。大きなビジネスチャンスであることは疑いようもないが、にもかかわらず、買い切り制では小売店も慎重に対応せざるを得ない。従来のままでは、大量入荷して平詰みして毒にも薬にもならないようなPOPをばらまける書店はほんの一握りだけだっただろう。

岩波の今回の英断によって、『月の満ち欠け』は自転車操業の個人経営書店でも入荷しやすくなった。出版業界全体にとってプラスとなる柔軟な判断に拍手を送りたい。