2022年6月20日、佐川恭一の最新長編『シン・サークルクラッシャー麻紀』が発売される。この記事ではその元ネタとなった電子書籍「サークルクラッシャー麻紀」誕生の秘密と、それがいかにして長編小説として生まれ変わるかまでを述べたい。

発端

短編小説「サークルクラッシャー麻紀」は佐川恭一が京都大学の文芸サークル「サークルクラッシュ同好会」の会誌「サークルクラッシュ同好会vol.4」に寄稿した作品である。すでに上の一文だけで「サークルクラッシュ」という単語が3回も出ているが、サークルクラッシュについて解明しようとする集団である。

研究会ではなくあえて「同好会」を標榜しているのは、斜め上から分析しているのではなく、自らが実践する当事者であることを大切にしたいという思いからで、“男女の友情は成立するか”などのテーマで話し合ったり、コミュニケーション能力向上のための即興劇を行ったりしているとのこと。

丸く収まらないトンガリサークル白書 関西編|京都大学 サークルクラッシュ同好会 (木原元編集長イチオシ記事 #3)

とうに京都大学を卒業していた佐川はこのサークルの設立趣意に共感(?)し、「サークルクラッシャー麻紀」を一気呵成に書き上げた。なお、サークルクラッシュ同好会は「好きな人ができた」というようなよくわからない理由で解散し、サークルクラッシュ研究所として再出発(?)している。

電子書籍としての発表

2015年、破滅派で電子書籍販売機能がリリースされると、佐川は「同好会長殺し」(サークルクラッシュ同好会Vo.5.5)、「ブス・マリアグラツィアの生涯」(同Vol.5)や「男根のルフラン」(破滅派)を含めた短編集を編纂し、「サークルクラッシャー麻紀」として販売を開始。ちなみに、このとき「男根のルフラン」は「黒ギャルま◯このなんちゃらかんちゃら」(詳細失念)というタイトルだったため、Amazonの審査に引っかかり、アダルトコンテンツに認定されかけたので急遽タイトルを変更している。発刊に携わった私は「男根ならいいのか?」と不思議な気持ちのまま審査を進めたが、のちに『アドルムコ会全史』に再録された際、タイトルが「夏の日のリフレイン」に変わっていたため、「男根」も別によいわけではなかったのだろう。

ともかく、この悪ふざけを連発した小説集は好評を博した。佐川の名は創作文芸界隈(文フリ・破滅派などの周辺)を飛び越えていき、徐々にSNSなどでも反響が得られるようになる。村上春樹『風の歌を聞け』をパロった小説「ナニワ最強伝説ねずみちゃん」(破滅派13号)は三島由紀夫と村上春樹を悪魔合体させたその書き出しと共に多くの人の目に触れた。

おまえら聴けぇ、聴けぇ! 静かにせい、静かにせい! 風の歌を聴けっ! 男一匹が、命をかけて諸君に訴えてるんだぞ。いいか。いいか。静聴せい、静聴せい! おまえら、風の歌を聴けぇっ!

2018年、佐川が小説すばる誌上で「愛すべきアホどもの肖像」連載を開始したのは、この一連の活動で佐川が商業出版界から認知されたことの証左だろう。佐川恭一の名は一気に広がり、同年小説すばる誌上で発表した「花火大会撲滅作戦」で商業誌初デビューを飾ることになる。このあたりの経緯については拙稿「10と1/2章で書かれた佐川恭一の歴史」に詳しい。

ともあれ、佐川恭一は「サークルクラッシャー麻紀」を発表したことで作家としてのキャリアにはずみをつけたことは間違い無いだろう。破滅派がその一助となったことを、私は誇りに思う。

作家の糧としての電子書籍

さて、「サークルクラッシャー麻紀」の商業的な側面について語ろう。同作は破滅派でもっとも売れた電子書籍である。そして、いまも売れ続けている。私は破滅派の電子書籍の売上すべてを見ることができるため、その「売れ方」についても把握しているのだが、多くの書籍は発売後に一番売れる。そして、その後、売れなくなる。青年がやがて老いるように、本は発売されると売れなくなっていく。

しかしながら、他の多くの書籍と異なり、「サークルクラッシャー麻紀」は売れ続けている。これは佐川が継続的に話題になっていることとともに、「サークルクラッシャー麻紀」が佐川の名刺がわりの作品になっていることを意味している。私は破滅派から電子書籍を出す書き手たちに向けて「名刺がわりの1冊は安くてもよい、他は全部250円以上にしろ」というアドバイスを送っている。

では次に、あなたという作家個人に誰かが興味を持ったとしましょう。きっかけはなんでも良いのですが、たとえばあなたがtwitter上で「特別養護老人ホーム落ちた、日本死ね」という投稿で話題になり、それを見た人が「どんな人だろう?」と興味を持ったケースです。

この場合、その人はあなたの作品を買うことを半ば決定しており、その中から何を買うか一覧を見ます。そして、興味を持ちそうな要素がない場合、確実に価格が購入検討対象要素になります

佐川が破滅派から出している電子書籍のラインナップでもっとも手に取りやすいのが「サークルクラッシャー麻紀」である。SNSでバズったときのためにも低価格帯の電子書籍は用意しておいた方がいい――私の予測を完全に体現した作家は佐川恭一である。破滅派に所属していない書き手にも、これはぜひおすすめしておきたい。

2022年5月現在、「サークルクラッシャー麻紀」は1,500部売れている。あえて「部」という単位を採用したが、実際はダウンロードである。破滅派はAmazonでしか電子書籍を出していないので、直接購入数および読み放題サービスKindle Unlimitedに参加しているユーザーの読んだページ数がその数字の算出根拠だ。

まず、電子書籍を購入したユーザーはおよそ500である。それに加え、読み放題で読まればページ数(KENPCという独自の指標)によれば、57,339ページが読まれている。Amazonは「サークルクラッシャー麻紀」を58ページと算出しているので、989回読まれた計算になる。これでおおよそ1,500部というわけである。

一般的に、商業作家にとって電子書籍はあまり重要ではない。漫画がデジタルシフトに成功している一方、文芸(とくに小説)では電子書籍の売上というのは紙の書籍の1/10程度であることが多い。裏を返せば、少なくとも電子書籍でのみ1,500部売れたということは、紙の書籍で出していたら13,000部は売れていたことになる! 実際、出版社に勤める編集者の多くは、この数字を知ってビビっていることだろう。多くの本は電子書籍にしたところでそれほど売れることはない。

破滅派のタイムラインにいる人数を考えると、「サークルクラッシャー麻紀」は全員買ったといっても過言ではないだろう。

さようなら、すべてのサークルクラッシャー

破滅派が『アウレリャーノがやってくる』で出版事業を開始したあと、最初に声をかけた作家の一人が佐川恭一だった。佐川はその膨大なストックから、本にできそうな長編をいくつか提示してくれた。私はそのすべてにざっと目を通し、それでもなお「サークルクラッシャー麻紀」を本にすべきだと思った。佐川はこれまで多くの本を出している。それでもなお破滅派から出すべき本はなにかというと、「サークルクラッシャー麻紀」以外に思いつかなかったのである。

こうして誕生した『シン・サークルクラッシャー麻紀』はというと、破滅派で発表した「サークルクラッシャー麻紀」と「受賞第一作」の悪魔合体である。私は佐川に対して「アンドレ・ジッド『贋金つかい』のような入れ子構造で文学的にまとめてほしい」とオーダーした。佐川はその雑な要請に対し見事に応え、『シン・サークルクラッシャー麻紀』を生み出したのである。タイトルは「そのころちょうどシン・ウルトラマンが公開されてるはずだから、『シン・サークルクラッシャー麻紀』で行こう」という私の意見に対し、佐川が「いいですよ!」と快諾したことで決定した。

長年の佐川ウォッチャーは「破滅派、サークルクラッシャーをコスりすぎでは?」と思う向きもあるかもしれない。しかし、そうしたファンたちを唸らせる出来になっていることは間違いない。まだ予約していない読者は、佐川が宇佐見りんに打ち勝つために、ぜひご協力いただきたい。そして、「サークルクラッシャー麻紀」の冒険の最後を見届けよう。