『第32回Bunkamuraドゥマゴ文学賞』授賞式が10月17日、都内Bunkamuraオーチャードホールで開催された。受賞作『あなたに安全な人』(河出書房新社)の著者である木村紅美と、選考委員を務めたロバート キャンベルが登壇し、受賞記念対談も行われた。

Bunkamuraドゥマゴ文学賞は、1990年からBunkamura主催により行われている文学賞で、「権威主義に陥らず、既成の概念にとらわれることなく、先進性と独創性のある、新しい文学の可能性を探」っていくことを目標としている。

受賞作『あなたに安全な人』は、3.11直前に教え子をいじめ自殺に追いやったかもしれない元教師の妙と、沖縄新基地建設反対デモ警備中にデモ参加者を不慮の事故で死なせてしまったかもしれない便利屋を営む忍が「感染者第一号」を誰もが恐れる地で交差する物語。

選考委員ロバート キャンベルにより「世界を覆う不均衡(インバランス)に声と形を与えようとしている点において、高い評価に値する作品であることは間違いない」と高く評価された。

ロバート キャンベル(C)大久保惠造

壇上でロバート キャンベルは「いま生きることはどういうことなのか、手を差し伸べることはどういうことなのか、その限界はどこにあるのかということを示す小説になるのではないかという予感がしています」と今作について改めて言及し、賞賛した。

このあと、壇上では正賞の賞状とスイス・ゼニス社製時計、副賞100万円が木村に贈呈された。さらにメルシャンからシャンパーニュ・グルエ ブリュット・セレクションとシャトー・メルシャン桔梗ヶ原メルローが贈られた。

木村紅美(C)大久保惠造

木村は「本当に真摯に読んでくださってありがとうございました。雲の上の存在のようなキャンベルさんが読んでくれただけでも夢心地で、知らせを受けた8月の日は夜も眠れなかった」と受賞を知らされた時の心境を述べた。

また「小説に出てくるのは、ほぼ二人の主要人物だけのこの小さな物語から世界を読んでくれるんだと感動しました。3.11のあと、瓦礫撤去のボランティアに何度か行っていました。そのときに読んだ坂口安吾の『白痴』と林芙美子の『浮雲』が非常に印象に残っていました。女と男がぎりぎり寄り添いながら流れていく様が描かれていて、復興に向かう日本から背を向けるようにずるずる付き合う二人が印象的でした。当時の希望とか復興とかいう言葉に違和感を覚えていました。そのときの経験が結実したのかな、と思いました」と振り返る。

大学時代から沖縄の地に魅了され、辺野古基地建設の反対運動に参加もしている木村。「あちらにいると、とても日本が安全な国だとはとても思えない。コロナ禍の前に訪れたときは山の土砂を海に流し込んでいて、海だけでなく山も破壊していることを目撃しました。こんなに自然を痛めつけることを繰り返していたら、きっとコロナが収まったとしてもずっと地球は安全ではないのではないか、そういう思いがこの小説を書くきっかけになったのかもしれない」と今作を書くきっかけとなった出来事を明かした。

そして「2006年にデビューして文学賞というものに無縁で生きてきて、このBunkamuraドゥマゴ文学賞をしかもキャンベルさんに選んでいただけたことがこの上ない喜びです。今のこの作品を出発点にしてもっとスケールの大きな作品を書けるようになりたい」と今後の抱負を語った。

受賞記念対談では、木村が普段からプロットを書かずに執筆することや、『あなたに安全な人』からロバート キャンベルが読み取った社会での生きづらさや、「Pod=えんどう豆のさや」のような守り、育むような関係性などについて話を交わした。

対談の中で、ロバート キャンベルは「木村さんのお書きになりたいこと、胸の中にある、あるいは、知識としてある世の中の見方や感じ方が十全に広がるような物語をどんどん書いていってもらいたい」と期待を寄せた。

受賞記念対談を行ったロバート キャンベルと木村紅美(C)大久保惠造