中国・韓国・アイルランド(ワールドコン)と、世界のSFの現場を渡り歩いてきた藤井太洋と高橋文樹が、1月24日に神保町で「『三体』はなぜヒットしたのか? ~ 中国(成都)国際SF大会等報告」を開催した。私もそれに参加する機会を得た。現在、中国発の大作である劉慈欣『三体』が話題作となっている様に、アジア発のSFが大きな役割を担いつつあり、またワールドコンなどのイベントも大きな影響を受けている。藤井太洋と高橋文樹もその一端を担うために様々な活動を始めている。これからの世界のSFや交流について考える上でも、貴重な報告会となった。

なお、この報告会はHON.JPの主催により行われている。私は今年1月始めにHON.JPの正会員となったが、正会員の場合、年会費を払うのみでHON.JP主催イベントの入場料が無料ないし割引となる等のサービスがあり、早速3000円の入場料が無料となる恩恵を受けた。また、これからも様々なイベントが開催される予定もある。文学・出版業界に興味があり、様々なイベントに行って生の話を聞きたい方々は是非HON.JPの会員となってみるのも良いだろう。もちろん、これ以外にもHON.JPには様々な活動側面があるので是非サイトを確認して頂きたい。

 

藤井氏と高橋の関係について始まり、昨年アイルランド・中国・韓国の三つのSF大会に共に参加した経緯について語った。その後、昨年アイルランドで開催された世界SF大会(通称ワールドコン)の内幕について話が移った。ワールドコンは世界で最も歴史あるSFファンダムイベントであり、1939年の開始以来常にSFの歴史とともに歩んできたといっても過言ではない。運営は民主的に行われており、招かれる少数のゲストを除いて「全員参加者」という意識も持たれており、日本におけるコミックマーケットから見てワールドコンは「ワールドコン→日本SF大会→コミケ」という系譜でおじいちゃんのような立ち位置に当たるという。また、最初期から参加し続けている老人が現在もいるという。ワールドコン内でも『三体』に代表されるアジアにおけるSFへの注目は集まっており、次期開催地についても中国は有力な候補となっていた。ワールドコン会期中は様々な「パーティ」が行われ、ヒューゴー賞にノミネートされている人物のみのパーティや、その選に漏れてしまった者のみのパーティなどもある。また、ワールドコンは作家が自らを売り込む場所でもある。作家が身に着け属性などを示す名札には、様々な運動・ムーブメントへの支持などを示すバッジが更に付け加えられており、自らの意見を発信することが言葉も発さない内から普通に行われているという。むろん、ZINE(ジン、特定のテーマに沿った同人誌)を持っていくことも重要であるが、開催地によって税関に留められるなどのトラブルも発生している。なお、滞在中に高橋氏は毎朝藤井氏の作る美味しい朝食を食べていたという。

続いて話は中国と韓国に移り、第一回韓国SF大会について話が始まった。長らくSF大会が無かった韓国において、様々な折衝の末に大会の開催は決まったものの、作家間の対立があり主催者が辞退するなどのトラブルもあったという。また、韓国SF大会は徴用工問題が発生したころの開催であり、日韓関係が出版業界に及ぼす悪影響についても話が及んだ。しかしその様な中でも藤井氏と高橋は問題なく参加することが出来た。

中国のSF大会についても政治的問題を意識する場面があった。第五回中国国際SF大会には当局の支援を受けていると同時に、世界各国のSF作家が招待されたが、その中には中国共産党と意見を異にするリベラルな作家も多く含まれていた。ここで藤井氏は、その様な作家でも活動できる中国のイベントと日本の現状を比較している。例えリベラルな作家がイベントにおいて中国政府あるいは韓国政府を批判したとしても後から支援を返す様にといわれる様なことはない。しかし日本においては、あいちトリエンナーレやウィーン芸術展における事例などを見ても国の意図に反するかどうかで文化の助成がそれも後から左右される事態が相次いでおり、この点日本の文化助成政策は問題があるとの見解を示した。

また、中国のイベントでは子どもも楽しめる工夫がされている様子が伺えた。中国におけるSF(科幻)は元々「科学普及」(例えばファラデーの「ろうそくの科学」に代表される様な啓蒙的なもの)の一部であったが、近年その成長と普及により立派な一つのジャンルとしての独立を果たした。中国におけるSFファンは熱気があり、まだ翻訳数が少ない藤井太洋氏のサイン会にも多くの人々が並んでいたという。また、中国における日本文学の出版事情や、韓国におけるSF出版事情についても話が及んだ。

イベント終了後は懇親会が行われ、筆者も藤井太洋氏に挨拶させて頂き、筆者がNovelJamで所属したチームEヨの同志おおくままなみ氏が『キボウの村』で藤井太洋賞を受賞したことについて改めて感想を頂くことが出来た。今年もアジアSF発信のために藤井氏、高橋文樹の活躍を期待したいと同時に、我々自身も国内のみならず世界と創作の繋がりについて改めて考えさせられる貴重な機会となった。