前回も飯田一史の書籍『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』を紹介したが、同著者による新刊『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』を紹介する。『町の本屋は〜』は出版業界の流通・マーケティング構造についての解説本であり、これから出版社を始める人にとっては今回紹介する本書は「雑誌なきあとにどう本を売るか」というマーケティング事例紹介が主眼となっている。
さて、本書の冒頭第一部は「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか」と題されており、書評家の三宅香帆のベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を批判する内容になっている。が、このタイトルにしたのは三宅の本がベストセラーになっているからだろう。それを除いて飯田の主張をまとめると、第一部の主張は概ね次のとおりになる。
- 年代別の読書量は高校生になると減り、その後世代の差は少ない。つまり、そもそも大人になると本を読まなくなる。
- 全体の読書量は減っていない。顧客が読まないから本が売れないのではなく、顧客が本を買わないから本が売れないのである。
つまり、飯田の主張はマーケティング重視せよ、である。ちなみに、三宅はWebで先行公開された第一部に対して反論を書いているので、興味のある方はお読みいただきたい。
第二部移行では以下の事例が紹介される。
- 漫画(アプリによる雑誌の代替)
- ウェブ小説(IP原資としての出版物と書籍化による書き手誘致)
- ニューヨークタイムズ(有料課金の成功モデル)
- ビッグ5(欧米の大手出版社による取り組み)
- 欧米書店の試み(書店からの集客アクション)
前著『町の本屋は』で紹介したように、日本の出版流通は「雑誌流通のついでに一般書籍を配本していた」のだが、雑誌の凋落によってその構造を保てなくなった。また、新人の育成とコンテンツの部分読みを担ってきた雑誌がなくなったことで、認知と育成の両面を代替する必要があることも指摘されている。
本書で最初に紹介されるのは漫画による成功例だ。出版社は漫画アプリによってユーザーが日常的に漫画にアクセスする仕組みを開発し、なおかつアプリ単体での課金や電子書籍での販売など、さまざまな収益化に成功している。『SPY×FAMILY』のように漫画アプリ発でアニメ化まで成し遂げたヒット作も登場しているし、新人育成・ユーザーリテンション・収益の多元化など、雑誌時代以上の効果を挙げていると言えるだろう。
と、飯田はマーケティングについて参考になりそうな事例を章立てで紹介していく。ファネル(=漏斗)など一般的なマーケティング用語も使っているのだが、そこにいちいち解説がつくのも出版業界の特殊性をよく物語っている。

ウェブ小説は破滅派にもっとも近い業態なので、非常に参考になるパートだ。出版社とウェブ小説サイトが同じ会社の場合、「IPビジネスの源流」と考えることができる。最大手「小説家になろう」よりも出版を手がけるアルファポリスの方が売上がはるかに大きい(2021年10億 vs 2025年130億)という事実が示唆的だ。中国・韓国でさかんな単和課金(一話ごとの課金)は日本であまり普及していないが、収益の多角化を考えると検討しておくべきだろう。
ニューヨークタイムズは新聞社だが、デジタルシフトに成功したと言われる企業の一つだ。一時はデジタル版の移行によって売り上げを下げたが、現在は2000年代初頭からV字回復を成し遂げている。ペイウォール型のビジネスモデルは破滅派が採用できるかはわからないが、ニュース系・ハウツー系などのメディアを運営しているならば参考になるだろう。
BIG5の事例では各社のマーケティング手法が細かく紹介されている。新興出版社がSalesForceを契約する資金を持っているかどうかはさておき、デジタルマーケティングを頑張っている、という点についてはどこも共通している。これはリアル書店でも共通で、デジタルマーケティングの手法が紹介されている。
また、第7章ではマーケティングの一般的な話題についても触れられているので、参考になるはずだ。たとえば、次のような部分などは「独自の出版社を作りたい」という人がいかにも陥りそうな罠なので、知っておくに越したことはない。
小さなブランドは「数は少ないが濃いファンに支えられている。熱の高い顧客の満足度を高めていくことで、いずれ顧客数も増える」としばしば言われる。だが、こうした傾向は統計的にはほぼ支持されていない。
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以上、ざっとではあるが本書の内容を紹介した。これから出版社を始めようと考えている方は、2026年がどういう時代なのかをすでに成功している事例をもとに考えておいた方がいいだろう。
新しい仲間を募るとき、銀行に金を借りるとき、投資家から出資を受けるとき、いずれも「自分の会社はこういう強みがあって儲けています」と説明する必要がある。その一方で、出版業界にはプロダクトアウト思考(こういうものが作りたい)で入ってくる人が多い。筆者もそうだ。しかし、その企業に「市場で売れる書籍はなんだ?」というマーケットインの思考が存在していないと、商売としては厳しくなる。一人出版社の場合はほとんど真逆のことを一人で考えなければいけなくて大変だろうが、武器を少しでも前に増やして頑張ってほしい。

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