これまでの連載からずいぶん間があいてしまったが、これまで紹介してきた内容に歴史的視座を加える名著『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか 知られざる戦後書店抗争史』(平凡社新書)が2025年に発刊され、その内容が非常に興味深いので内容を紹介したい。

まず、本書で紹介されるのはいわゆる「町の本屋」がどのように消えてきたか、という歴史だ。スマホの普及、アマゾンのようなネット書店の台頭、売れ筋を大量仕入れする図書館などなど、さまざま犯人が名指しされるが、あるものは端的に間違いであり、他のものもあくまで一因でしかない。

本書の構成は次のようになっている。

  1. 日本の新刊書店のビジネスモデル
  2. 日本の出版流通の特徴
  3. 逃走する「町の本屋」
  4. 本の定価販売をめぐる公正取引委員会との攻防
  5. 外商(外売)
  6. 兼業書店
  7. スタンドと鉄道会社系書店
  8. コンビニエンスストア
  9. 書店の多店舗化・大型化
  10. 図書館、TRC(図書館流通センター)
  11. ネット書店
  12. 終章

筆者の場合、実際に出版社(版元)として何年か仕事をしたあとなので、ある程度理解は早かったと思うが、門外漢にもかかわらずこれから出版社を始めようという方はそうもいかないだろう。本書では各章のまとめとして箇条書きで要点がまとめられているので、まずはそれらを読んでから本書を通読した方がよいかもしれない。

さて、本書で紹介される「町の本屋」というのは、20代などの若い世代にはなじみがないかもしれないが、20年ぐらい前までは当たり前のように見られた「どこの駅前にも一軒はある、新刊書や雑誌・コミックを取り扱う書店」である。いま、筆者の最寄駅にもこうした書店は存在せず、駅前に一軒ある書店は学校に教科書を卸すだけの書店だ。入り口には「一般販売をしていません」という張り紙がしてある。

本書を読むと、こうした「町の本屋」は特殊な要件によって、戦後から一定期間だけ存在していた、ということがよくわかる。そもそも新刊書・古書を両方扱う書店は普通だったし、1980年代から書店の兼業化(=複合書店化)は進んでいた。思えば、私が子供のころ通っていた書店でもDVDや文房具を売っていることはよくあった。本書において最近注目を集める「独立型書店」は除外されているが、いわゆる個人経営の書店「町の本屋」は現在姿を消しており、書店専業で残っているのは大型店舗・チェーン店がほとんどである。たまたま駅前にジュンク堂がある街に住んでいれば「町の本屋はうちの地元にある」と考えてしまいがちだが。そもそも「町の本屋」のビジネスモデルは1960年代からすでに「厳しい」とされており、ボロ儲けの時代はなかったのだ。

再版制度による本の定価販売についても、それがどのような歴史的経緯によって成立したのかが詳しく解説されている。もともとは零細書店を割引合戦から守るための制度だったが、結果的に書店は価格の決定権を失い、物価・地価の上昇にもうまく対応できなくなってしまった。「価格が作り手によって決められている商品」はそもそも独占禁止法に抵触するので新刊書籍を除くと、医薬品・タバコなど一部の商品だけだ。こうしたかなり特殊な商材を扱っている、というのも出版社をはじめるにあたっては知っておいた方が良いだろう。

本書の第5章「外商(外売)」および第6章「兼業書店」では、書店の業態が思ったよりも多様だった歴史がうかがいしれる。取次から送られてくる本を並べるだけが書店の仕事ではなく、その他さまざまな試みがなされてきた。たとえば外売(顧客から注文をとって本を配達する)がなぜ廃れ、それが現在ではなにに置き換わったのか(おそらくAmazonのリコメンドなど)について考えるのは、今後のビジネスモデルを考える上で、書店のみならず出版社にとっても役立つだろう。

第7章から第11章については、「町の本屋」の競合モデルについて学ぶことができる。もすうでになくなった業態(例・キオスクでの文庫販売)もあるし、なくなりつつあるもの(コンビニでの書籍販売)もあるし、現在進行形(書店の多店舗化・大型化)もある。ネット書店については大方の人が容易く「犯人」だと予想しえるだろうが、Amazonがどれほどの投資によっていまの地位を築いたかは知っておいてよいだろう。「町の本屋」がいかにして潰れたか、というノスタルジー的な側面だけではなく、「どんなビジネスモデルが勝利を収めたのか」という観点から学びが大きい。

以上、ざっとではあるが、本書の概要を説明した。取次を通じて書店と書籍をやりとりする新興出版社には書店がどのようなビジネスモデルによって成立しているのかを知ることは難しい。本書を読むことで、書店の姿が少しでも明瞭になることは間違いない。

飯田は他にも『ウェブ小説30年史』(星海社新書)や『「若者の読書離れ」というウソ』(平凡社新書)というデータを元に定説を覆すような出版業界のマーケティングに関する書籍を出しているので、出版社を立ち上げようとしている人は参考にすることをおすすめする。