太田出版のクイックジャパン編集部の新文芸レーベルから新刊『人間的教育』を刊行した佐川恭一の出版記念イベントでは「ノーベル文学賞をとれるのか?」と題して佐川恭一の今後の文学的方向性について議論された。佐川が不在だったのは代官山という、佐川の小説の登場人物にはまったく縁のなさそうな場所だったからではなく、おそらく作家本人の事情だろう。

なお、イベントはアーカイブ配信もあるが、イベント開催までにチケットを購入しておかなければ視聴できないスタイルであること、そして、筆者がこの記事を書くまでに間を空けすぎて若干記憶を失っていることを差し引いてお読みいただきたい。

まずパネリストそれぞれが佐川恭一をなにで知ったか、について議論された。実は筆者はちょっと遅刻してしまったので最初の部分を聞けなかったのだが、樋口は佐川の『受賞第一作』(破滅派)にも長い解説を寄せていることもあり、いわばブレイク前からの読者である。佐川のキャリアについて詳細に語り、破滅派の名前もずいぶん言及してもらったようで、嬉しい限りだ。

宮崎・山本はそれぞれ佐川が「ことばと」や「小説すばる」に作品を載せるようになってから認知した様子。宮崎はとりわけ『ダムヤーク』『アドルムコ会全史』に言及していた。

その後、佐川恭一の文学的方向性について各自持論を展開。樋口は佐川文学の「終わらない受験競争」について、永井均「超越論的なんちゃってビリティ」を引き合いに出し佐川文学の持つ存在論的可能性に言及していた。学歴ネタが苦手な山本は佐川文学の学歴ネタだけは受け入れられる、と主張。宮崎は佐川作品のリーダビリティについて言及していた。

そして、 イベント本来の趣旨である「佐川恭一はノーベル賞を取れるか?」へ話題は移行する。そもそも『ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言』(中央公論新社)を出版している佐川は芥川賞こそ獲りたいのではないか、という身も蓋もない結論へと収束。終わりなき受験勉強を続ける佐川にとって、文学とはすなわち芥川賞受賞(≒京大合格)をめぐるドラマであり、そこへのこだわりが強い佐川が「永遠に受験勉強を続けている」というのはもはや定見といっても良いだろう。ちなみに、小川哲との対談では「学歴ネタを擦り続けた方がいい」というアドバイスを受けたことが明かされているので、その認知はより強固になっていることだろう。

イベント参加者へのノベルティとして、『人間的教育』の表紙絵を担当した漫画家の押見修造によるオリジナルポストカードが配布された。

押見修造の貴重な書き下ろしポストカード(非売品)

佐川もXでイベントへの言及を行なっている。

昨晩のイベント「佐川恭一はノーベル文学賞をとれるのか?」を視聴いたしました。お三方がかなり深く作品を読み込んでくださっていて、佐川恭一の作風の根幹もとらえてくださり、佐川恭一論としてこれ以上加えることはない程の神イベントになっていたのではないでしょうか…!! 書籍化しましょう!!

佐川恭一X

ちなみに、このはめにゅーにも「10と1/2章で書かれた佐川恭一の歴史」という佐川の来歴および文学観についての記事があるので、あわせてご一読いただきたい。

本人不在でもイベントが開催されるほど愛される作家、佐川恭一の今後の発展を楽しみにしたい。